火の国の夏に降る雪は白く積もる(5)
ソルトは人でない。白の色神だ。赤の色神ほどではないが、白の色神として雪の国の行く末と民の命を背負っているという自負がある。ソルトは一人の人でなく、白の色神として黒の色神に助けを乞わなくてはならないのだ。
答えがわからず、ソルトは口を閉ざした。目を閉ざした。黒の色神は純粋な善意として申し出てくれているのだろう。しかし、ソルトは受け止めることができずにいた。
露頭に迷う白。ふと、ソルトを導くように赤い色が煌めいた。黒の色神も同時に顔を上げた。障子の外に煌めく、鮮烈な赤色を黒の色神も見ているのだ。
「失礼する」
少し低い声が響き、障子が開かれた。そこに立っているのは、赤の色神だった。
「紅」
口を開いたのは、冬彦だった。
「アグノの具合はどうだ?」
赤の色神が当然のようにアグノの心配をする。ただ、それだけのことで、ソルトは何とも満たされた気持ちになるのだ。実験体だったソルトたちにとって、その存在価値を決めるのは他者からの評価だ。誰でもなく、赤の色神がアグノの身を案じている。それだけのことで、とても満たされる。
「アグノが自らの口で言ったことは、真実だと思います。もう、アグノは戦えません。アグノは私と同じです。助けを必要とする身です」
ソルトはアグノを見つめた。アグノの呼吸の音が聞こえる。何とか生きている。しかし、アグノはかつてのアグノではない。こうなることが分かっていたから、アグノは自らの治療を後回しにして、影の国の術士の治療をしたのだ。
ソルトの脳裏に蘇るアグノの姿だ。
ソルトは何度、アグノを傷つけただろうか。
何度アグノの命を白の石でつないだだろうか。
白の石の力を過信していたわけではない。しかし、ソルト自らが使って、ここまで白の石による副作用が出るとは思っていなかったのだ。
ソルトは、アグノの命を弄ぶように、白の石でアグノを救い続けたのだ。