赤と医療(9)
悠真は何も分からない。命を扱う力さえ持つ雪の国。生と死の境さえ越えようとする雪の国。その雪の国の術士であるアグノ。ここに白の色神もいて、白の石もあるのにどうして助からないというのだろうか。
一番に動いたのは、冬彦だった。
「ソルト、白の石だ。使ってみなきゃ、分からないだろ!」
言うと、冬彦はアグノに駆け寄った。白の石の光が輝く。アグノの背に突き立てられた刀が抜け落ちる。
「アグノ」
白の光が消えたとき、そこには静かに息をするアグノの姿があった。良かったと、悠真は思った。人の死ぬところなど、見たくない。
アグノは目を開き、体を起こした。しかし、そのまま、崩れ落ちた。
「代償です。ソルト。この心臓は、わずかな距離を歩くことが精一杯の心臓。もう、ソルトの役に立てあません」
アグノはもがくように体を起こすと、床に額をつけて白の色神に頭を下げた。
「どれほど、完璧に白の石を使っても、何度も、何度も、数えきれないほど白の石を使うことで、代償は蓄積されます。この心臓はもう、治りません。ソルト、申し訳けありません」
白の色神は何も言わない。冷たさを覚えるのは、悠真の後ろの部屋に溜まった冷気だけではないだろう。どうしようもない状況など、悠真は何度も経験してきた。それでも、目の前に起きている状況が、アグノの心臓が悪いということが、目に見えないからこそ悠真は理解できないのだ。もしかすると、誰も理解をできていないのかもしれない。ここでアグノが詳細を話したとして、雪の国の医師であるアグノの言葉を、どれほどの人が理解できるというのだろうか。圧倒的に、火の国は雪の国の医療の面で遅れているのだから。
官府でアグノは白の石を使用することを拒んだ。アグノは分かっていたからだろう。白の石を使うことで、動けなくなることが分かっていたのだろう。だから、萩たちを助けるために、白の石を使用することを拒んだ。口を開いたのは紅だった。
「火の国には、こんな言葉がある。命があるだけもうけもの。困難なことは後で考えて、今はその喜びだけを感じるんだ。――義藤。まだ動けるな。柴も自分のことは自分でしろ。私は疲れた。皆、疲れたはずだ。義藤、アグノを連れて部屋へ。アグノが前に使っていた場所でいいだろう。冬彦、お前も白の色神と一緒に行くんだ」
紅が言葉を発すると、鮮烈な赤色が辺りを満たした。その心地よさを逃さないように、悠真は大きく息を吸った。