赤の手紙(1)
人質がいなければ、秋幸たちは紅に敵対する理由はない。人質を助けなければ、秋幸たちは紅に刃を向け続ける。半ば意地のように、秋幸たちは紅と戦い続けるのだ。
――人質を助けるしかない。
秋幸たちは人質という牢獄に囚われているのだ。
秋幸たちを救うには、人質を助けることが秋幸たちの解放につながるのだ。
「人質を助けるんだ」
悠真は言い放ち、悠真の言葉に秋幸は立ち上がった。秋幸は苛立ちを見せていた。
「それが出来ないから、俺たちは紅と敵対することになったんだ」
秋幸の言葉はもっともな事。賢い秋幸が解決策を見出せなかったから、このような状況が生じたのだ。
悠真は考えた。どのようにすれば、秋幸たちが自由に動けるのか。
考えると、紅の姿が悠真の脳裏に浮かんだ。紅が悠真に手を差し伸べている。紅はきっと、秋幸たちにも手を差し伸べてくれる。
「助けを求めるんだ。野江たちに助けを。秋幸たちが自由に動けないのなら、野江たちに助けてもらう」
無謀なことかもしれない。けれども、野江たち外部の人が人質を助けてくれれば、秋幸たちは自由になれる。それに、まさか野江たちが人質を助けるとは、誰も予想していないはずだ。野江の強大な力があれば、人質救出も可能なこと。予想していないところから攻め入られれば、動揺し、勝利の色は薄くなる。
秋幸が再び腰を下ろして言った。秋幸の声は、未だに諦めの色が強い。
「だから、どうやって助けを求めるんだ。それに、陽緋たちが動く保障もない。俺たちは敵なんだ」
何を言っても負の言葉で返す秋幸に、悠真はいらだった。
「もっと前向きに考えろよ。大丈夫、野江たちが助けてくれる。紅はそういう人なんだ。秋幸だって言っていただろ。義藤が信頼する紅のことを。信じるんだ。紅のことを」
秋幸は深く溜息をついた。
「どうやって、紅に知らせるつもりだ?」
悠真は無知な小猿だ。石の力を使えば良いと漠然と思っていた。
「石の力で何とかならないの?」
すると秋幸は息を吐いた。
「確かに、出来なくはないけれども、紅に連絡をするのは無理だね。相手が同じ石の破片を持っていないといけないから。それに、俺たちは自由に石を使えるんじゃない。石はあいつが管理しているから」
悠真の浅はかな考えは、すぐに底をついた。しかしすぐに、新しい考えが浮かんだのだ。
「俺が手紙を書くよ。それを届ければいい」
単純なな悠真は、単純な答えしか見出せない。そして秋幸は悠真よりさらに深いところで物事を考えているのだ。だから躊躇う。
「誰がそれを真の手紙だと信じる?悠真が俺たちに脅されて書いた偽物だと考えるのが普通だ。それに、罠かもしれないと警戒する」
秋幸は平凡な印象なのに、冷静で頭が回る。だから、躊躇うのだ。
「俺と紅たちしか知らないような内容を入れて。それを届ければいいんだ」
悠真は誰が届ける、どのように行く、などの細かいことを悠真は考えていない。それでも、何とかなると信じていた。悠真の前向きさを支えているのは、紅に寄せる大きな信頼。紅の赤色を、赤い声を、赤い空気を信じていたのだ。今は突き進むしかない。この状況を打開するために、この状況から先に進むために、今は突き進むしかないのだ。
「――俺が行くよ」
根拠も方法も定かでない悠真の作戦に、誰かが声を発した。悠真が声の主に目を向けると、それは眠っていると思っていた冬彦の言葉だった。
「冬彦、気がついていたのか?」
秋幸が言った。
「まったく、千夏も酷いよな。無理矢理眠らせるんだから。目が覚めたら、秋幸と小猿が話しているんだ。少し気になって、盗み聞きしていたんだ。良いじゃないか。俺が行く」
冬彦は答えて、まっすぐに悠真を見た。悠真より年下であろう冬彦は、小柄だが気の強そうな顔立ちをしていた。快活で、幼さのこる仕草。その幼さは前向きさを作り出す。
「俺が行く。俺が紅のところへ行く。奴に俺は動けないと思われているから、俺が行くのがいい。秋幸、俺に任せろ」
冬彦は壁にすがりながら立ち上がった。義藤に斬られたのは昨夜のこと。満足に動ける状態でないことはあきらかだが、それでも冬彦は行くと言い放った。そして立ち上がって、冬彦は言った。
「心配するな。俺が紅のところへ行く。紅が皆を助けてくれれば、春市や千夏が従う必要もないだろ。その後、紅が俺たちに罰を下すのなら、甘んじて受け入れればいい」
冬彦はとても強い存在だ。悠真より年下だとは侮れない。戸惑う悠真に冬彦は言った。
「早く用意しろ。俺は、紅を信じる。俺は、義藤とは面識がほとんどないけれど、春市や千夏、秋幸も義藤のことを信頼していたんだろ。その義藤が命を賭して守ろうとした存在が紅だ。皆が信じる義藤が信頼するんだ。紅を信じてもいいだろ」
秋幸は何も言わなかった。しばらくした後、秋幸は何かを決心したかのように言った。
「こちらの方は上手く誤魔化しておく。悠真、紙と筆を用意するから手紙を書いてくれ。もし、冬彦が紅に殺されるようなことがあれば、俺は悠真を恨むからな」
秋幸の言葉に躊躇いはない。彼ら兄弟は深い絆で結ばれ、己の命よりも兄弟の命を優先する。義藤や野江たち赤い羽織の人が、己の命よりも紅を優先するように、紅が己の命よりも火の国の安寧を優先するように。