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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の迷い(7)

 秋幸は大きな後悔をしている。一緒に山で暮らしていた大切な子供たちを守るために、腐った官吏の言いなりになり、一つの村を滅ぼした。命は平等だと、火の国の民は口をそろえて言う。それが事実であるか、実際にそのように扱われているのか悠真は分からないが、命は平等だと言うことは周知の事実だ。その周知の事実が、秋幸を苦しめていた。同時に秋幸が真面目で優しいからこそ苦しむのが術士としての力の使い方だ。

「俺たちは許されないことをした。力を持っている以上、その力を正しく使わなくてはならない。いかなる理由があろうとも、俺たちは力の使い方を間違えた。間違っていると分かっていても、こうするしか無いんだ」

悠真は、諦めたような秋幸の言葉が心に残った。秋幸は生きることを諦めている。四人の隠れ術士は、優れた力を持っている。もし、彼らと紅が手を取り合うことが出来れば、全ての問題が解決するように思えるのだ。彼らは悪い人で無い。紅を助けることが出来る力を持つ存在だ。


 同時に、悠真を悩ませるのは故郷のことだ。失った故郷、そこで死んだ人々。生き残ったわずかな者。彼らは悠真を見て、何と言うだろうか。


 復讐しろ。


 もし、そのような願いがあったら、悠真は彼らを裏切ることになるのだ。

 

 ここで悠真が彼らを許せば、死んだ村の人に、祖父と惣次に顔を合わせられない。それでも、悠真は憎むことが出来ない。彼らは許されないことをしたが、悪人でないのだ。

 復讐に息巻いていた自分が恥ずかしい。あの時の絶望はすぐそこにある。あの時の悲しみもすぐそこにある。それでも、悠真は目の前にいる気の良い人を憎めない。

 どうして良いのか分からず、感情の整理が出来ない。何を選んでも、きっと悠真は後悔するのだ。


 なぜ復讐しなかったのか。

 なぜ復讐したのか。


 どちらにしても、その決断は悠真を苦しめるのだ。悠真は秋幸を見て、このまま秋幸が殺される場面を想像した。紅は残酷な殺し方をするような人ではない。しかし、他の目もある。紅に刃を向けたことは許される罪ではない。罪を明らかにして、処罰を下し、紅の権威を示さなくてはならない。そのために、首をさらすことさえ厭わないかもしれない。


 さらされた四人の隠れ術士の首。空虚な目がひたと悠真を見つめる。動かないはずの口が開き、言うのだ。

――それでいい。

――死ぬことを覚悟していた。

彼らは恨んだりしないだろう。きっと、殺されても今の状況を肯定する。それでも悠真は苦しかった。彼らの内実を知っているのは悠真だけなのだ。紅は知らない。野江も、都南も佐久も知らない。

――それでいい。

――これが隠れ術士の運命だ。

――力の使い方を間違えたのだから。

そもそも、隠れ術士を作り出したのは誰なのか。なぜ、四人は隠れ術士にならなくてはならなかったのか。彼らには、正規の術士になる選択肢が無かったのだ。孤児として生まれ、火の国から存在を認められず、その力を強者に利用される道しか残されていなかった。利用されるしか残されていない道に立たせたのは火の国だ。そ利用されるしか残されていない道の上で、力の使い方を考えろ、と説くことが果たして可能だろうか。

――それでいい。

――子供たちを助けたかったんだ。

彼らは子供たちのために利用される道を選んだ。果たして、このまま彼らが紅に殺されて、人質は救われるのだろうか。救われる前に殺されるかもしれない。生き残ったとして、心に深い傷を残すに違いない。当然だ。親のように慕っていた者が、処刑されたとなれば、紅に対する憎しみさえ芽生える可能性がある。

 何が正義なのか。何が悪なのか。

 何が正解なのか。何が間違いなのか。


 果てしない迷いの中、悠真は決断した。今、この追い詰められた状況で全てを判断するのは難しい。


 だから、判断を先送りにしたのだ。


 悠真は秋幸に言った。

「今は、生き残ることだけを考えるんだ。紅たちは悪い人じゃない。紅も野江も都南も佐久も、本当に火の国のことを、火の国で生きる民のことを考えてくれている。紅が許さないのなら、その時に罪を償えばいい。今すぐに諦めなくていい。生きることを諦めないで欲しいんだ」

判断を先送りにして、結果が変わるとは限らない。ここで生き残っても、紅が罪を申し渡せば、簡単に秋幸たちの命は奪われる。紅が命じれば、野江たちは命を奪うことを躊躇わない。野江たちが躊躇って、義藤が反対しても、赤丸が命を奪うだろう。

 それでも、秋幸たちが許される可能性は皆無ではない。そして悠真自身も、時間がたってから、気持ちを整理してから、彼らに復讐を果たすべきか考えたかったのだ。一時の感情で、愚かな決断をしたく区内のだ。

 秋幸たちがこのような行動をとったのは、己の大切な人を守ろうとしただけのこと。確かに秋幸たちは利用されることを拒むことが出来た。しかし、拒めば秋幸たちの大切な人の命を奪うことにつながる。もし、悠真だったらどんな行動をとるのか。それは想像するに容易い。悠真も祖父を守るためなら、見ず知らずの人の命を奪うことを選ぶ。今は、この場から生き残ることだけを考えればいいのだ。判断は紅に任せればいい。

「どうやって生き残るんだ?俺たちは人質を捕られている。自由が利かない。人質を見捨てるのなら、とっくに見捨てている。見捨てることが出来ないから、俺たちは愚かな官吏に利用されて紅に刃を向ける故ことを覚悟したんだ」

秋幸が悠真に言った。つまり、人質がいなければ、秋幸たちは紅に敵対する理由はない。全ての鍵はそこにある。


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