緋色と色神(12)
野江はどこか胸に引っ掛かるものを必死に無視しようとした。それでも、止まらない思いがそこにあった。
「一体、影の国へ色神の殺害を依頼するのには、どれだけの資金が必要なのかしらね」
色神の暗殺は、影の国にとっても大きな危険性をはらむものだ。容易く引き受けることはできない。
「影の国は、さまざまな依頼を引き受ける。その中で、色神の暗殺はもっとも高額な依頼だ。色神の殺害には、大きな危険性があり、術士が必要だ。下手をすれば、術士が殺される」
野江はどこか引っ掛かる思いを飲み込みながら口を開いた。
「官府にそれだけの資金があるのかしら。それとも……」
野江は知っていた。官府よりも、遥かに経済力を誇る者たちを。経済力ならば、火の国で頂点に立つ。それは、野江の生家だ。
野江は兄の姿を思い出した。鳳上院家の秘宝と呼ばれた野江を外の世界に出すといった、無謀なことを計画した兄の姿だ。
――大丈夫だよ、野江。兄は鍵を見つけたんだ。この家を裏切ることになっても、兄は野江を外に出すよ。
言った兄は、憂いを帯びた瞳で、じっと野江を見つめた。
――でもね、野江。本当は、これは兄のためでもあるんだよ。兄は、この家に生まれたが、この家から不要とされた身だ。鳳上院という名はとうに捨てさせられた。今、兄の名は浅間だ。兄は鳳上院家とかかわりのない身となった。でもね、野江。兄の子は、鳳上院家にとって必要なんだよ。兄はもうすぐ父になる。浅間と名をかえ、都へ追い出されて、兄は愛する人を見つけたんだ。兄の身がどうなろうと知ったことはないだろう。それでも、兄の子は必要なんだ。それが、娘であればなおのこと。鳳上院家の血を継ぐ娘は、高価な品物なんだよ。
兄は野江の頭を撫でた。
――野江、兄は鳳上院家を裏切り、鳳上院家より力を持つ者に助けを求めるよ。だから野江。必ず、ここから助け出す。必ずだよ。野江は自由であればいい。何にも支配されず、何にも操られず、それが野江なんだよ。
兄の手は温かい。