緋色と色神(11)
柴の声は穏やかで、野江は柴と出会ったころを思い出した。二十年前、野江は柴と初めて出会った。その時の、柴の大きさを忘れない。その大きさが、柴の余裕なのだ。
野江は柴を見つめた。紅に生じた異変により、すっかり心の隅に追いやられてしまったことだが、柴は影の国の術士だったのだ。先代が救うまで、影の国の術士であった。柴も野江と同じ囚われの身であったのだと思うと、妙な気持ちになった。柴にはこれほどの大きさがある。紅に生じた異変に対しても、正面から受け止めている。野江は十分大人になったのに、柴を見ていると己が幼いことを教えられる。
「俺と野江が出会って二十年。俺と義藤や紅が出会って十年。お前たちは、紅城を支えてくれている。俺が影の国の術士であったことを知っても、紅やお前たちは俺を追及することをしなかった。おこがましいかもしれないが、俺は信頼されていると思ったさ。その信頼が、俺を支えた。俺に対して喜びを与えた。これ以上、喜ばしいことはないだろ。――野江、義藤。信じろ。今、何かが起こっていることは事実だ。影の国が火の国で暴れ、雪の国と宵の国の色神が火の国にいる。影の国の脅威は、庵原太作という名を使い、官府の中に入り込み、その刃は紅の喉元まで迫っている。俺たちは影の国に何度も煮え湯を飲まされている。紅が紅の石を生み出し、火の国の民が日々の営みの中で経済を動かし、生み出された利益が影の国へと渡り、紅の暗殺に使われる。そんなこと、許されるはずがないだろ。俺たちは、紅の手足だ。紅が守る火の国を、俺たちは命を賭して守らなくてはならない。それが、術士という特権を与えられた俺たちの使命だ。心を乱すことを紅が望むか?立ち止まることを紅が望むか?紅は俺たちに命ずるはずだ。前へ進めと。歩み続けろとな」
柴の大きさのある声が、野江の中で波紋を作りながら広まった。