赤の迷い(3)
悠真は秋幸に親しみを覚えつつあった。秋幸を初めとした四人の隠れ術士に生きて欲しいという願いは、時が経つごとに強まった。
「なあ、秋幸。分からないんだ。秋幸たちと義藤はどんな関係なんだ。同じ山で育ったって言っていたけれど、本当はどういうことなんだ?俺は、信じたいんだ。秋幸たち隠れ術士のことを」
失礼かもしれないが、悠真は秋幸に尋ねた。すると秋幸は柔らかく微笑んだ。
「確かに、話していても良いかもしれないな。俺たちの信念と覚悟をね」
秋幸はゆっくりと話した。彼らの生い立ちと、義藤との関係。そして、なぜ、奴らに手を貸すのか。
春市、千夏、秋幸、冬彦の四人は本当の兄弟でない。皆、路上で生まれた。親の顔も名前も知らず、己の出生の理由も知らない。そのまま路上で死ぬ運命だった。
最初に出会ったのは、春市と千夏だった。二人は気づいたときから一緒だった。捨て子を拾い奴隷として使う組織に拾われていたのだ。そんな春市が五歳、千夏が四歳のころ組織の壊滅に術士が乱入してきた。名も分からない、女術士だった。大半の子供は孤児を扱う施設に入れられ、相応の戸籍を与えられたが、春市と千夏はそうしなかった。女術士が施設に入れなかったのだ。
二人は術士の才覚を有していた。孤児を扱う施設で、術士が現れたら必然的に隠れ術士にさせられてしまう。隠れ術士として、奴隷にさせられてしまうのだ。女術士はそれを避けるために、二人を山に連れて行った。
その山にいたのが、義藤と忠藤であった。
女術士はその後秋幸を連れてきた。秋幸も術士としての才覚を有していたからだ。
忠藤と義藤を育てていたのは「ばば様」だった。ばば様も術士であったが、現役を退いているらしい。それに、ばば様も隠れ術士であった。どうやら、ばば様は女術士と関係のある人らしいが、女術士のことを一言も話さなかった。
ばば様は年齢不詳。戸籍もないらしい。不思議な人だったが、秋幸たちにとっては親だった。春市、千夏、秋幸という名をつけたのも、ばば様だった。組織にいた頃、春市と千夏に名はなかったらしい。
忠藤と義藤は女術士のことを知らず、秋幸も姿を見たことはない。存在するが、存在していない。そんな人のようであった。
女術士が最後に連れてきたのが冬彦だった。もちろん、冬彦の名をつけたのも、ばば様だった。ばば様は、冬彦にも名を与えた。
(ちょうど、四人揃って、季節が一年終わって気持ちが良いもんだ)
ばば様は春、夏、秋、冬、の四人が揃ったことに嬉しそうに笑っていた。
四人の隠れ術士と忠藤、そして義藤の六人は一緒に暮らした。秋幸はまだまだ子供だったが、年齢の近い春市、千夏、忠藤、義藤の四人は、剣術を競い互いに力を高めていた。秋幸の記憶では、もっとも強いのは忠藤であった。それでいて忠藤は優しく、秋幸は忠藤に懐いていた。
余談であるが現在、春市は二十三歳、千夏は二十二歳、秋幸は十八歳、冬彦は十五歳。千夏と義藤は同じ二十二歳だ。
戸籍の無い六人は術士としての才覚を有していたが、戸籍がないため選別を免れ、術士に匹敵する剣技と体術を学んだ。教えたのは、ばば様だ。
最も強い忠藤であっても、ばば様には手も足も出なかったのだ。幼い秋幸は忠藤の後を追いながら、そのような生活が永遠に続くと思っていた。親のいない術士でありながら、ここまで幸せに過ごすことが出来る者は滅多にいないだろう。
秋幸の幸せな生活が終わったのは、今から十四年前のことだ。当時、秋幸は四歳であった。忠藤が大好きな子供だ。春市が九歳、千夏が八歳、冬彦は一歳だった。幼い頃の話なのに、秋幸が過去のことを鮮明に覚えているのは、決して秋幸が賢いからではなく、その日々がとても幸福だったからだ。春市、忠藤、義藤は秋幸の兄であり、千夏は姉であった。ばば様の死は、秋幸の幸せな生活に終止符を打ち、全てが変わったことを秋幸も感じていた。
ばば様の死と同時に、忠藤と義藤は山から離れて街へもらわれていった。ばば様は死の間際に、義藤と義藤の兄を守るために街へと隠したのだ。秋幸は泣きながら忠藤の服にすがり、それでも諦めるしかなかった。
忠藤と義藤は自分たちと違う。
二人は誰にも存在を知られてはならない。
死んで良い人ではなく、誰にも存在を知られてはならない。
守らなくてはならない存在。
特別な存在。
秋幸はそれを感じていた。あの女術士は、ばば様が命を失っても、姿を見せることをしなかった。もしかしたら、来ていたのかもしれないが、秋幸たちに姿を見せることはなかった。
残された秋幸たちは、ばば様を山に埋葬し年長だった春市を筆頭に山での生活を続けてた。生活の方法はばば様が教えてくれていた上に、正体の分からない誰かが生活を支えてくれていたのだ。おそらく、あの女術士だと秋幸は考えていた。秋幸たちはある程度大きくなると、自分たちの存在理由を考えた。そして、孤児を育てることにしたのだ。その中に隠れ術士がいるかもしれない。運よく助けられた自分たちの恩を、誰かに返さなくてはならないから。秋幸たちは約三十人の子供たちを育てていた。山で暮らす日々。この日々が続くと思っていた。
平和は突然終わった。
子供たちは人質に捕られた。人質にとったには大きな権力を持つ官吏であった。四人は術士としての才覚を持っていたが、石を持っていない。戦えない。子供たちがどこに捕らえられているのか分からない。下手をすれば、殺されてしまう。
四人は迷った。大切なものは何か、何を守るべきか。迷って、迷って、――そして、紅と対峙することを決めたのだ。