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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の迷い(1)

 秋幸は眉間に深くしわを刻みながら、一つ息を吐いた。残された悠真は動けず、この場を動かす権利は秋幸が持っている。悠真は何の力も持っておらず、秋幸に逆らうつもりもなかった。それは、秋幸たちの強い意志を知り彼らの邪魔をしたくない気持ちがあるからだ。秋幸が鍵を持ち、悠真たちの命を持っている。

「ここにいろ。鍵はかけないから。何かあったら、義藤を連れて逃げろ。義藤はこんなところで命を落として良い人じゃないんだ」

秋幸はそう言い残した。


 秋幸は悠真を信じた。


 そういうことだろうか。信じたから、悠真を残して、鍵もかけずにここを去った。


 それとも、悠真が義藤を連れて逃げることが出来ない、悠真にはそんな力がない、と思っているのだろうか。


 それとも、秋幸が不在の間に何かが生じる危険性があり、万一の時を想定して鍵をかけなかったのだろうか。


 想像することは容易いが、真の理由は分からない。確かなことは、今、牢の鍵は開いており、自由に逃げることが出来るということだ。悠真は開いた牢の扉と義藤を見比べた。義藤は細身だが、意識を失った人間は想像以上に重たい。また、傷の深い義藤を安易に動かして良いものか判断がつかない。万一、義藤を背負って悠真が飛び出したとして、ここはどこなのか、どのようにすれば紅城へ戻れるのか、悠真には想像もつかない。


――逃げるべきか。

――残るべきか。


 何が最善の策なのか、悠真は決めることが出来ずにいた。


 逃げるなら今しかない。鍵は開けられ、見張りもいない。しかし、動く勇気がない。

「紅、俺たちはここにいるんだ」

悠真は呟いた。

「紅、義藤はここにいるんだ」

悠真は牢の低い天井を見上げて、紅の鮮烈な赤を思い出した。今、紅はどんな気持ちでいるのだろうか。義藤を血眼になって探しているのだろうか。義藤を心配し、涙を流しているのだろうか。

「紅、今は何をしているんだ?」

紅の心を思うと、悠真は罪悪感で押しつぶされそうになった。弱さを見せるのが苦手な紅は、今も平然とした姿を見せているに違いない。どのようにすれば皆が傷つかずに済むのか、答えを知る者がいるならば、答えを教えて欲しかった。悠真は二度と愚を犯したくなかったのだ。

 この状況から助けてくれる者がいるのなら、悠真はその手にすがるだろう。義藤は青白い顔で、懇々と眠っている。

「紅、助けてくれ」

義藤を見ると、一刻の猶予もないことは明らかだ。紅に義藤を助けて欲してもらいたかった。

 同時に悠真に生じるのは彼らを死なせたくない、という紅と義藤を裏切るような気持ち。春市、千夏、秋幸、冬彦。彼らは悪い人でない。彼らは、紅に殺されるを覚悟で戦いを挑んだのだ。彼ら四人を助けて欲しいと願う気持ちは、紅を裏切るような行為だろう。官吏に逆らうことが出来ない隠れ術士とは言え、彼らが紅に刃を向けたのは事実で、紅の信頼している義藤が深い傷を負ってここで眠っているのも事実。色神紅の権限があれば、彼らに釈明の機会を与えずに捕らえることも、暗に殺害することも可能なはずだ。暗に殺害することに野江たち赤の仲間は否と言うだろうが、赤丸は何も言わないだろう。赤丸は紅の刃なのだから。紅が声を発すれば、赤丸は四人を殺しに来る。思えば、彼ら四人も赤影と赤丸のことを恐れていた。

 悠真がすがるのは紅の、敵の官吏がとかげの尻尾きりをしないように証拠を掴む、という言葉だけだ。証拠があれば、紅は四人の隠れ術士の真実を知るはずだ。真実を知れば、きっと紅は四人の隠れ術士を助ける。悠真は紅を信じたかった。


 彼らの命は紅に掛かっている。

 義藤の命は紅に掛かっている。


 どうすれば、皆が助かるのだろうか。


 紅が四人を暗に殺害するはずがない。紅と出会い、紅と言葉を交わした悠真はそのことを理解していた。紅の人柄を知っているからだ。しかし、義藤を傷つけられた紅がどのような行動に出るか分からず、このまま義藤が命を失えば紅は心を乱すだろう。

「紅、俺はどうしたらいいんだ?」

悠真は誰もいない低い天井に問いかけた。もちろん返答などあるはずがない。全ては己で決めるしかないのだ。


 迷った末、悠真は動かなかった。動かないことも、一つの選択肢だ。



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