赤の囚人(4)
四人の敵は全てを覚悟して紅に刃を向けたのだ。それは大きな決断だったに違いない。何が大切なのか、何を守るのか、彼らは選択したのだ。友人、義藤と戦うことになってもだ。悠真が千夏と秋幸を見比べていると、地下牢の扉が開き、光が差し込んだ。ゆっくりと響く足音は悠真たちに向かって近づいている。
「千夏、秋幸」
言って入ってきたのは、背の高い男。鋭い目はどこか都南と似ていたが、都南よりも威圧的な雰囲気を持っていた。声からすると、春市。
「春市、どうかした?」
目の前にいるのは春市だ。秋幸が春市に尋ねていた。
「春市、何かあったんだね」
千夏が言った。春市はひどく肩を落とし、深く息を吐いていた。何かがあったのだと、分かるほどだ。
「奴が呼んでいる。再び紅に攻撃を仕掛けるつもりだ」
春市が言い、その言葉に千夏が苛立った。悠真も戸惑った。四人の隠れ術士を利用する官吏は、再び紅に戦いを挑もうとしている。紅は義藤を人質にとられ、彼らは紅に殺される時を待っている。紅が四人の隠れ術士を許すか分からない。けれども、悠真は四人の隠れ術士たちに命を落として欲しくなかった。大切な人を守るために紅に刃を向ける決意をし、こうやって義藤の身を案じている。己が殺されることも視野に入れ、それでも未来を模索している。彼らが死ぬ必要はない。死さえ覚悟していても、彼らは無謀なことをするつもりはないらしい。千夏が苛立ちを露に春市に言った。
「冬彦抜きでするつもり?今度は向こうも警戒している。義藤が負けた相手だからね。冬彦は一番の力の持ち主よ。冬彦が抜きで、朱将と陽緋が動けば私たちに勝ち目はない。今も、赤影が動いているかもしれない。下手な殺され方をしたら、みんな奴に殺されてしまうの。殺されるなら、うまく殺されなくちゃ……。今、行くべきじゃない」
千夏が義藤の傷を布で巻きながら言った。弱気な千夏を叱咤するように春市は言った。
「そんなことは分かっている。それでも、俺たちは紅に牙を向けた。いかなる理由があろうとも、色神に牙を向けた。覚悟を決めただろ。俺たちはもう、戻れないところに足を踏み入れているんだ」
春市は壁にもたれかかり、腕を組んでいた。そして、一つ溜め息をついた。
「千夏、今度は俺と千夏の二人で行こう。秋幸は冬彦と残る。それで良いだろ」
悠真は春市と千夏を見ていた。紅の命を狙うことは、彼らの意に反している。そして、彼らは都南や野江に殺されるかもしれない。悠真は混乱した。悠真の復讐相手は春市たちだ。都南と野江が復讐を果たしてくれるが、それは春市たちが死ぬことを意味する。悠真の中にそれで良いのかと躊躇が生まれた。春市たちの行動には理由がある。悠真の故郷を破壊した彼らを悪とするのなら、彼らを殺す紅たちは正義なのか?悠真には分からない。
春市たちは理由があって行動している。本意でなく、彼らの理由があって。死なせたくない。殺すことは何の解決にもならない。なぜ、このようなことが生じたのか。彼らを殺すだけでは意味が無い。
「秋幸、ここで小猿の相手をしてろ。千夏と俺は奴のところへ行く」
春市は秋幸に命じた。
「秋幸、何かあれば義藤と冬彦を連れて逃げろ。朱軍がここへ攻めてくるかもしれない。赤影が来るかもしれない。その時は、自分が生き残ることだけを考えろ」
春市は秋幸へ歩み寄り、そっと秋幸の肩を叩いた。春市の一挙手一同が兄弟への慈しみを示していた。
「必ず、生き残れ」
言って、春市は秋幸の肩を叩き、身を翻した。千夏も立ち上がり、秋幸に囁いた。
「落ち着いて、仲間を信じて。自分を信じて」
言い残して、千夏も立ち去った。悠真はその言葉に聞き覚えがあった。それは、義藤が悠真に告げた言葉と同じだ。千夏は秋幸に鍵を渡した。逃げるなら今しかない。それでも、逃げたところで義藤を連れて行けない。悠真は行動することが出来なかった。