赤が戦う理由(8)
悠真の近くを、紅城で働く者が通り過ぎた。なのに、彼らは赤影が近くにいるとは知らない。そこにいるのは、犬だから。赤星は、誰よりも表の世界での詮索に適している。
「来い」
言って、赤星は身をひるがえした。抗うこともできず、悠真は赤星の後を追った。
向かったのは、厩だった。そこに座っているのは、秋幸だった。厩番がいないのは、人払いがされているからだろう。
「悠真……」
秋幸は悠真を見て目を見開いた。それは悠真も同じだ。
「考えることは、二人同じということだ。お前たちは、大人しくしているように、紅に言われただろ」
赤星は秋幸の前で平然と話した。
「良いんだ、悠真。こいつ、俺が術士であることに気づきやがったからな」
赤星は不機嫌な声で言った。
「なんで、俺がお前たちの監視をしなくちゃいけないんだ?――忘れるな。紅はは、お前たち二人を気にかけているんだ。二人に危険が及ばないようにな」
赤星が苛立っているのは事実だ。この非常事態に、赤星の手を煩わせたのは事実なのだから。
赤星が口を開く。その声は紅に届いている。
「紅、悠真と秋幸は捕まえた。大人しく出来ない、この二人はお前が直々に見ていろよ。懲りることなんてないみたいだからな」
術士の才を有した犬は、なんとも奇妙な存在だ。
「分からないんだ」
口を開いたのは、秋幸だった。
「なぜ、俺はここにいなくちゃいけない。術士である以上、紅の命令には従う。でも、それは紅を守ることを前提としてのことだ。紅の判断は間違っている。俺を向かわせるべきだ」
秋幸の言葉も紅に向けられている。それは、紫の石が声を届けているからだ。悠真には分からない世界だ。
「それは仕方ないだろ」
紅の声が聞こえた。聞こえるはずがない。紫の石は使い手にしか声を届けない。悠真に聞こえるということは、そこに紅がいるということだ。
「紅……」
言ったのは、悠真と秋幸が同時だった。紅は常に神出鬼没。知っていても、色神が突如現れることには慣れない。
「秋幸、私はお前を気にかけているんだ」
強く、美しく、紅は言い放った。
「気に掛ける?紅の最も信頼する義藤を危険な場所に派遣して、紅の大切な陽緋を傷つけた敵を目の前にして、こんな隠れ術士あがりの俺を気にかける必要なんてない。あなたが守るべきは、あなたの身。それが、この火の国につながるのだから」
秋幸の声は強い。秋幸が未来を見ている証拠だ。
「秋幸、私は色を見ている。それは秋幸や悠真と同じだ。皆、自身の色は見えない。名加工師柴でさえ、自身の石の加工に苦戦し、最後の微調整は私がしてやるくらいだ。私も自身の一色は見えないし、秋幸も自身の一色は見えない。――悠真、お前は秋幸の一色がはっきりと見えるか?」
問われて悠真は萎縮した。紅の存在感が、なんとも言えないほど大きいからだ。
「俺は……」
悠真は秋幸を見た。悠真の目は不十分だ。見ている色は、紅とは違う。
「悠真の目は不十分だ。だから、見落とす。それでも、私とクロウと柴は、はっきりと秋幸の色を見ている。昨日、柴が秋幸を連れたのは偶然だと思うか?柴は自身の目ではっきりと確認したかったのだろうよ」
一色を見る者たちが、秋幸に対して特別な印象を抱いているのは事実だ。
「何なんですか……」
秋幸は言った。そして、強い声で続けた。
「一体、俺は何なんですか!」
悠真は秋幸を知っている。平凡なのに、時に深いところで物事を考える。思慮深く、そして奥深い。それが秋幸だ。
「分からないのさ」
紅は答えて、微笑んだ。
「私にも、クロウにも、柴に分からない。だが、その色が特別だということは、共通の認識だ」
紅の声が低い。その声の低さが証明している。紅が嘘をついていないことを証明している。