赤が戦う理由(3)
常に焚かれていると思っていた香の匂いはしなかった。ただ、溢れ出る赤色は変わらなかった。
「義藤、お前も入れ」
響く鮮烈な赤い声。そこにいたのは、質素は着物を着た紅だった。他にいたのは、遠次、黒の色神、鶴蔵だった。
義藤が流れるような所作で畳の上に膝をそろえた。
「柴はどうした?」
一つ、低い声は遠次のものだった。紅が集めた人の中に柴がいない。辺りを見渡して、悠真も柴の不在を確認した。
「柴を信頼していないから、呼ばなかったなど、紅らしくもない」
遠次は言った。
「柴は先に行ったらしい。野江が見送ったのさ」
紅は畳の上に胡坐で座り、なんとも紅らしい口調で言った。
「柴一人で行かせただと?」
遠次の声が僅かに荒立った。紅は軽く耳を掻いただけだ。そんな紅に遠次は言った。
「柴が抱えている秘密は、昨日のことで明らかになった。お前が、柴に対してなんらかの考えを持っていると思っていたのだが……。まさか、柴と影の国をわざとぶつけようとしているなんていうなよ。柴は必要な存在。切り捨てることは許せない」
遠次の言葉は事実だ。昨日、紅は苛立ちを露わにして、柴にぶつけた。柴の一色が乱れるほどだ。悠真は容易く、紅と柴が和解したとは思えない。すると、紅がなんとも穏やかな声で言ったのだ。
「遠爺、私はね、柴を信じようと思ったのさ。柴が私に対して何らかの秘密を抱えているのは事実。柴はどうしたい。どうするのか。私には皆目見当もつかない。それでも、私は柴を責めたりしない。所詮、私は赤の色神だが、代わりの効く存在だ」
その一言を、黒の色神が低い声でたしなめた。
「クロウ、クロウも同じだろ。同じ色神として思わないか?――私個人としての価値はどこにある?私は色の石を生み出すことが出来るだけだ。私の代わりはきく。ならば、何のために私を守る?柴も野江も遠爺も、そして義藤もだ」
紅の声は凛と響いて、強い。
「紅、俺は……」
義藤の言葉を紅は遮った。
「私はね、義藤。考えたのさ。信頼や思いを尺度で測るには難しい。信じられない懐疑的な者は、仲間さえも疑い身を滅ぼす。――私は、私の知る柴を、私が知っている柴の行動を尺度にして柴を信頼することを選んだんだ。柴は何度も身を投げ出し、私を助けてくれた。だから、私は柴を信じる。行動が尺度になると、私は知ったからな」
いつもの紅の言葉だ。鮮烈な赤色を残す、紅の声。紅の言葉。その一つ一つが悠真を赤へと引き込んでいく。
「さて、そろそろ柴が白の色神と合流したころだろう。さて、私たちはどうするべきか……」
紅の色は鮮烈な赤色だ。いつもの紅だ。悠真はそれを見て安心した。
「何を言っているんだ?紅の中で答えは決まっているんだろ」
義藤の言葉だ。紅と近しい存在。義藤だ。義藤らしい、紅を理解した発言。
「ああ」
紅は低い声で答えて、ゆっくりと続けた。
「私たちは赤い色で繋がっている。それは柴も同じだ。柴が影の国と戦う。柴の身が危険に晒される。――だから、私たちは柴を助けに行く。官府へ行く」
紅らしい。
仲間を思う紅らしい。