緋色が切り開く未来(7)
泣き続けた野江の目は腫れていた。兄が消えたことが辛くて、悲しかった。兄は自らのことを「兄」と呼んでいた。彼には名がなかった。
鳳上院家に生まれて、名を与えられたが、誰も兄の名を呼ばなかった。無視し、名でなく「お前」「こいつ」と呼んでいた。野江のただ一人の味方だった。
兄が去って、野江は鳳上院家から解放された。きっと、兄が救ってくれたのだろうと、勝手に思い込んでいた。
兄が去ってから野江は孤独だったが、そんな野江を迎えにきたのが柴だった。先代の命令で鳳上院家に柴が野江を迎えに来たのだ。
(やっと見つけた)
初めて出会った時、柴のことをとても大人だと思ったのに、今の野江より幼いのだから不思議だ。いや、悠真よりも幼い子供だった。いつも柴は野江にとって大きな大人なのだ。いつも、野江の前の道を柴が歩いてくれている。
(紅が君を紅城へ招くと言っている)
それが、初めて柴から野江に掛けられた言葉。
野江は柴を見つめた。彼は赤い羽織を纏っていた。だから、上の兄たちも柴が赤の術士であると言うことを理解していた。だから、何も言えない。
柴は突然現れた。鳳上院家の門前に、一人でふらりと現れた。大声で門前で叫ぶから、野江は誰かが来たとは理解していたが、誰が来たのか分からなかった。いつものように、自室に座っていた。
門前払いされるはずの大声男は、鳳上院家の中に足を踏み入れることが許された。単に彼が赤い羽織を有しているからだ。赤は権力の象徴。そして赤い羽織は赤の色神紅からの厚い信頼を意味している。赤の色神紅が、火の国を支えている神である以上、赤の羽織をもった術士を邪見に扱うことは出来ない。
廊下を走る人の足音。
誰もが困惑していた。
慌てているのは、何が生じたのか理解できないからだ。
(術士様、一体何用ですか?)
廊下が慌ただしい。大兄たちが困惑している。
(術士様!失礼にもほどがありますぞ!)
その声の次に、響いたのは障子が開かれる音だ。
閉ざされていた野江の部屋が開かれた。
(術士様!)
逆光での影。それでも野江は大きな人を見た。赤い羽織を見た。
(彼女は?)
術士はずけずけと野江の部屋に足を踏み入れた。
(この子は、鳳上院家の末娘野江にございます。まだ、九つの子供にございます)
困惑する兄たち。そして野江も姿勢を正したまま、何も言えなかった。
(君が野江?)
術士の声は大きく広がりを持つ。
(やっと見つけた)
術士は赤い羽織をはためかせて、そして微笑んだ。
(紅が君を紅城へ招くと言っている)
術士は膝を折り、野江の前にしゃがんだ。そして手を差し出した。一体、何が起こったのか野江は理解できなかった。