緋色が切り開く未来(4)
アグノが野江に歩み寄り、野江の横に膝をついた。そして、野江の首に手を触れた。アグノの手がとても冷たい。いや、野江の身体が熱いのだ。
「体温が高いですね」
アグノは言うと、野江の首を押さえた。
「脈が速い。傷も化膿しています」
アグノの手がとても温かく感じた。異国の民であるアグノの容姿は、いつになっても見慣れない。野江はそっと目を閉じた。
己の心臓の鼓動さえも聞こえそうな空間。
野江の耳は、暗闇の中音を捕えていた。
目を開いて辺りを確認しなければならない。
なのに、ここに柴がいるという妙な安堵感が野江を弱くするのだ。
「火の国に抗生剤はありますか?」
暗闇の中でアグノの声が響く。
「それは何のことだ?」
柴が続ける。
「いえ、雪の国の薬があれば……」
アグノと柴の会話が続く。
「雪の国は医療国家だからな。そりゃあ、立派な薬があるだろうよ」
「そういうことが言いたいのではありません」
柴がげらげらと笑った。その声は野江の耳にも大きさを届ける。
「言ってみたかっただけさ。――そりゃあ、雪の国と火の国では医療技術に大きな差があるだろう。佐久が言っていた。異国には、優れた機械があるんだろ。灰の石を持つ螺子の国が優れた金属加工に優れていると。金属加工が機械をつくる。その螺子の国と交流の無い火の国には、医療機器の技術の進歩もない。雪の国は、優れた医療国家だ。勝とうなんて思う時点で間違っている。――だがな、火の国も負けちゃいない。ここに、優れた薬師がいる。雪の国からすれば、薬草なんて子供騙しのようなものかもしれない。それでも、俺たち火の国の民には、それが薬だ。この薬師葉乃は、優れた知識を持つ。だが、彼女は医師でない。だから、教えてくれないか。医師としてもアグノの考えをな」
暗闇の中で響く、柴の声はとても大きく包み込むような広がりを持っていた。昨日、野江が柴を追いつめたことも、責め立てたことも嘘であったかのような大きさであった。
「申し訳ありません。火の国を侮るようなことを申しました」
暗闇の中、野江の意識は朦朧としていた。これ以上深い闇に堕ちては、戻ってこられない。そう思うほどの、深い闇が野江の前に広がっていた。
「彼女の傷は影の国の術士に襲撃された時のもの、そして馬から落馬したときのものです」
野江の身体に掛けられていた布団がめくられたようだ。体を冷たい風が撫でた。野江は文句を言ってやりたかったが、その力は残されていなかった。