緋色が切り開く未来(2)
野江は目を閉じて息を吐いた。今以上の窮地は何度もあった。二年前の佐久や都南の方が重傷だった。下村登一の乱の時に、四人の隠れ術士と戦った義藤の方が重傷だった。これほどの傷は大したことはない。昨日まで平気だった。なのに、今、野江は死を意識している。
――紅、ごめんなさい。
野江は紅を思った。野江が守りたいと心から思った女性。それが「紅」だった。強く、弱く、美しい。それが紅なのだ。
野江は紅と一緒に戦えない。これ以上、紅を助けることが出来ない。分かるからこそ、辛いのだ。
――紅、ごめんなさい。
昨夜、野江の布団に忍び込んできた紅。紅が抱える大きな不安。紅はいくつもの不安を隠して、必死に強くなろうとしている。その心の弱さを野江は一緒に背負うことが出来ない。
紅を残して死ぬのだと、そんな不安があるから、野江は胸が苦しくなった。
「野江」
野江を呼ぶ声がした。大きさのある声は、柴の声だった。不思議だ、柴の声を聞くと、妙に安堵した。
昨日、野江は柴を責めた。責めて、追いつめた。なのに、今の柴の声がいつもと変わらないから、野江は安堵するのだ。柴はいつもの大きな柴なのだ。それが分かると、とても嬉しい。
「お前、食べないなら俺が食べるぞ」
なぜ、柴がここに来たのか。野江は分からない。
「アグノを呼んでも良いか?」
柴の穏やかな声が響いた。
見透かされているのだ。
柴の一声で証明された。この野江の不調も柴は見透かしている。
「なんでもなくてよ」
野江は答えた。声を出すのも辛い。
助けを求めることは出来ない。
紅城は窮地に陥っている。野江が足を引っ張ることは出来ない。影の国との戦いが生じる。野江は戦力にならないどころか、足を引っ張っているのだ。それが、情けない。
げらげらと、柴の品のない笑いが響いた。
「嘘、つくなよ」
その声が妙に優しくて、野江は心に温もりを覚えた。
「野江、俺は一色を見る。お前の色が翳っている。それが分からぬ柴じゃないさ」
温かい。
野江の目から涙が零れた。