表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
61/785

赤の敵(6)

 憎むべき存在だった紅は、多くの重圧の中で耐えて、最善の選択を模索していた。彼らの擁護をするつもりはなかったが、今、彼らを憎むことが出来なかった。千夏は腹の傷を縫い合わせ終えると、肩口の傷を縫い始めた。腹の傷には布が当てられ、その上からきつく縛られた。肩口の傷は貫通しているから、前と背部と縫い合わせていった。

「春市、私はね誰も死なせたくないの。それは、義藤も春市も秋幸も冬彦も、そして紅も……。私は紅のことを知らないけれど、あの義藤がこれほどまでに尽くす存在よ。紅の人となりは容易く想像できるでしょ」

彼らが義藤のことを信頼しているのだと分かった。

「義藤は、大丈夫なのか?」

春市は千夏に尋ねていた。義藤の傷は深く、医師が診療しても助かる保証は無いだろう。こんな地下牢で、こんな素人の治療で、義藤が助かるとは思えなかった。それに、義藤の生還が彼らの敗北と死にかかっているとすれば、彼らの心情はかなり複雑なはずだ。

「言ったでしょ。少しの間、永らえば」

千夏が反論したとき、都南は強く床を叩いた。

「違う、そんなことじゃない。千夏、言っていただろ。石の力の応用について。試せるんじゃないのか?」

悠真は春市と千夏が何を考えているのか分からない。確かなことは、彼らが力を持っているということだ。

「馬鹿言わないで。そんな、何の確証もないこと出来るわけないでしょ」

春市は一つ息を吐いた。

「だが、千夏。理論上は可能なんだろ。何があっても義藤を死なせてはならない。……紅がなかなか助けに来なければ、頼んで良いか?」

「最悪の場合はね」

千夏は春市の肩を叩いた。

 丁寧に布が巻かれた後、春市は階段から上に出て行き、戻って来たとき小さな桶と布を持っていた。千夏が悠真を縛っている縄を切ると、言った。

「きっと熱が出てくるから、冷やすのよ」

桶が悠真の前に置かれ、悠真は頷いた。そんな悠真を春市が一瞥した。

「明日また来る。おとなしくしていろ」

春市はそう言い捨てると、千夏と一緒に出て行った。


 残された悠真は、恐る恐る義藤に近づいた。顔色の悪い義藤は、昏々と眠り、義藤の手に触れると驚くほど冷たかった。悠真は赤い羽織を義藤の上にかけた。悠真に出来ることは、祈ることだけ。義藤が助かるように祈り、紅が狙われないように祈る。佐久が石の痕跡からこの場を突き止めてくれることを祈り、都南と野江が助けに来てくれることを祈る。水に浸した布を、義藤の額に乗せた。義藤の身体は冷たい。悠真はあまりに無力だった。


――どうか、義藤が助かりますように……


 無力な悠真は地下牢の天井を見上げた。天井は低く、地下牢は狭い。身動き一つとれず、気持ちの悪いほどの閉塞感があった。今まで感じたことのない閉塞感。まるで、自分の限界を突きつけられたようだった。故郷で過ごしていたころは、悠真は自分には無限の可能性があると思っていた。術士になること以外は、何にでもなれると思っていた。何でも出来ると思っていた。努力すれば何でも手に入ると、何でもすることが出来ると、信じていた。けれども、今の悠真は無力だ。紅城に足を踏み入れても、悠真の先に道は現れない。悠真の先に道はなく、悠真の頭の上には大きな天井が覆いかぶさっている。これ以上は手を伸ばせない。もっと上に、もっと上に、と手を伸ばすけれども手が届かない。

 無限の可能性があるのなら。悠真は願った。一人孤独になると、悠真は寂しくなった。辛くなった。

「赤」

悠真は赤を呼んだ。悠真に色を貸してくれた赤は、悠真の前から姿を消してしまった。何にでも染まれると思った悠真は、何にもなれないのだ。

「赤」

呼んでも赤はここに姿を見せない。悠真に無限の可能性などなく、悠真に染まることが出来ないのだ。

――悠真、あなたは無力などではないのよ。

無色な声が悠真に言ったが、悠真はその声を無視した。


 敵である春市、千夏、秋幸、冬彦は、本当に赤の敵なのだろうか。

 彼らは敵なのだろうか。

 何が敵で、何が味方なのだろうか。

 彼らは悪なのだろうか。

 何が正義なのだろうか。


悠真は分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ