官府と白い昼(10)
ソルトは想像した。源三の気持ちを考えた。
源三が官吏になると家を飛び出した時、家はまだ没落していなかった。その家が没落したのは、源三が家を飛び出した後のこと。おし、彼がいたら、家も救われたかもしれない。その罪の意識が、源三を家から遠ざけていたに違いない。源三は帰りたかった。けれども、帰れなかった。
今、目の前に家族がいる。なのに、本心で喜べない。
――庵原太作
その名が二人を引き裂いている。
――庵原太作
その存在が二人の間に壁を作っている。
吉枝はソルトの命を狙う庵原太作を警戒し、源三は紅の命を狙う庵原太作を警戒している。庵原太作という、影の国の総称が二人を引き裂いている。
吉枝を巻き込んだのはソルトたちだ。吉枝が浅間五郎が話した「庵原太作」のことを教えてくれたから、ソルトは影の国の術士に通ずる鍵を見つけることが出来たのだ。吉枝が源三といがみ合う必要などないのだ。
ならばソルトに何が出来るのか。
ソルトが吉枝のためにできることは何なのか。
吉枝はソルトのために口を開かないだろう。それが分かるから辛い。吉枝が二つの思いの間で引き裂かれる姿は見たくない。
ならばソルトに何が出来るのか。
ソルトが吉枝のためにできることは何なのか。
そしてソルトは布を払い落として姿を見せた。にらみ合う二人はソルトの姿を見ていない。
「私たちは、庵原太作に通ずる者を探しているの。庵原太作は影の国だから、影の国が私の命を狙っているから、私は先手を打つためにここに来たのよ」
源三が振り返り、源三の目がソルトを捉えた。そして源三の一色がさらに乱れる。
「あなたは……」
ソルトは火の国にとって異人だ。鎖国をしている火の国にとって、本来は存在しないはずの人間だ。
「ソルト」
冬彦が小声でソルトを諌めたが、ソルトは気にしなかった。
「私の名はソルト。白の色神と言った方が、分かりやすいかしら」
ソルトが言うと、源三は目を見開き、そして柔らかく微笑むと深々と頭を下げた。
「失礼をお詫びいたします」
源三の言葉は優しい。そして、彼は続けた。
「紅様も庵原太作の正体については、つかめずにおります。庵原太作と通じている官吏もつかめずにおります」
当然だ。
ソルトは思った。影の国が正体を掴まれるようなミスをするはずがない。影の国はエリート暗殺集団だ。時には戦争に加担し、情勢を大きく左右させる。もし、雪の国が他国と戦争をするのなら、莫大な財力で影の国の術士と兵士を傭兵として雇うだろう。