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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の敵(5)

 どうしようもなくて、悠真は泣いていた。まるで子供のように、泣いていた。義藤の赤い血から逃げたかった。責められることから逃げたかった。春市は泣きわめく悠真を押さえつける手の力を緩めると、そっと悠真の頭を叩いた。軽く叩くその手は大きく、悠真は大きな力に守られているような気がした。

「安心しろ、これ以上傷つけたり、殺したりするつもりはない。おとなしくしていろ」

悠真はそれ以上何も言わなかった。言えなかったのだ。もし、義藤を助けられる存在がいるとすれば、悠真ではない。無力な田舎者の小猿ではなく、隠れ術士である彼らなのだ。彼らが信頼できるのか分からない。それでも、悠真はすがるしかなかった。彼らの持つ一色を信じるしか出来なかった。春市は、義藤を殺さなかった。紅城で義藤を殺すことが出来たのに、殺さなかった。そして、悠真が紅でないと分かった今も、悠真を生かし続けている。殺そうとせず、生かし続ける。だから、悠真は信頼しようと思ったのだ。今はすがるしかない。

「助けてくれ、頼む。義藤は何も悪くないんだ」

悠真は春市に頼んだ。涙と鼻水でぐずぐずになった顔で、祈っていた。

「わめくな、おとなしくしていろ。義藤はこんなくだらないところで死んでよい人ではないのだからな。義藤は生きなくちゃいけないんだ。俺たちとは違うんだ」

春市は悠真の頭を軽く叩いた。悠真は、大きな春市の手に「安心しろ」と言われたような気がした。


 春市は懐から小さな刀を、千夏は小さな箱を出した。これから何が起こるか分からない。それでも悠真は祈っていた。


――どうか、義藤が助かりますように……


 このまま義藤が命を落とせば、悠真は大切な人を失うことになる。昨夜は祖父と惣次が死んだ。これ以上、目の前で命が消えるのは見たくなかった。美しく強い赤色が残酷な色に豹変する場面を見たくなかった。赤が消えて、命が消える場面を見たくなかった。


――どうか、義藤が助かりますように……


 祈るしか出来ない悠真は色に願った。義藤を助けることが出来る色は「白」だが、悠真は白を知らない。

 春市が義藤の傷を縛っていた布を優しく切った。布は小さな灯りで見えるほど、赤く染まり、対照的に、義藤の顔色は悪く唇は白い。傷口が露になると、悠真は思わず目をそらした。布を切ると、赤い血が再び溢れ出した。命は赤で生かされ、赤が消えると命は消える。それが辛く悲しい。赤が消えると命が失われるのなら、赤が残酷な色となってしまうから。本当は違う。赤はとても優しい色なのだ。

 千夏が箱を開けると、針と糸、小さな刃物が入っていた。春市が片手で肩口の傷を抑え、反対の手で腹の傷を押さえていた。千夏が手早く針と糸を用意し、皮膚と皮膚を縫いつけ始めた。

「助かるか?」

春市が千夏に尋ねた。

「分からない。普通は助からないけれど、義藤は強いから。知っているでしょ。それに、そのうち私たちは紅に負ける。私たちは紅に負けて、紅はここに足を踏み入れる。紅がここに来れば、きっと紅は義藤を助けるでしょ。白の石を使ってね。だからそれまでは……。私たちが負けるまで、義藤が命をつなぐことが出来れば、義藤に未来は残される」

千夏がそう答えた。ござの上は赤い血で汚れ、悠真はその様子を見ていた。二人は義藤を助けようとしてくれている。だから、二人は敵でない。ならば、なぜ紅に反旗を翻し、義藤に刀を向けるのか。悠真は理解できなかった。春市は苦笑した。

「確かにな。つまり、義藤が助かるには、俺たちが負けるしかない。俺たちが死んで、義藤が助かる。皮肉な現実だな。せめて、お前たちだけでも助けてもらえば良いんだが」

春市の言葉に悠真は息を呑んだ。彼らは、殺されることさえ見据えているのだ。紅に殺されることを覚悟して、それでも紅を敵として戦い続ける。矛盾した行動だ。

「何を言ってるの?何があっても一緒だと決めたじゃない。秋幸や冬彦は私たちを信じているのよ。秋幸と冬彦も戦うと。義藤と戦ってもかまわない、と一緒に誓ったじゃない」

彼ら兄弟は、強い意志で紅に刃を向けることを誓ったのだ。

 そもそも、どうしてあの男に仕えているのか。四人の真意はどこにあるのか。それでも、彼らが紅の命を狙ったのは事実であるし、強い力を持っていることも事実。彼らが、悠真の村を壊滅に追い込んだ一部であることも事実。悠真は混乱していた。彼らを受け入れるべきか、憎むべきか。憎むべき相手が義藤を助けてくれるのか……。

 

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