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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の敵(4)

身を乗り出し、義藤の前に立ちはだかった。それが悠真の精一杯の抵抗だった。悠真の両手は縛られ自由が利かない。義藤は悠真を身を呈して守ってくれた。傷の痛みを恐れず、命を失うことを恐れず、会ったばかりの悠真を守ってくれた。それは悠真が惣次の知り合いだからなのかもしれない。けれども、悠真はそれだけでないと感じていた。

 義藤はとても優しい人なのだ。千夏も、義藤は優しいから殺したりしない。と言っていた。義藤は冬彦の命を奪わなかった。強いけれど、優しい。抜き身の刃のようで、その刃は命を奪うことをしない。それに、春市と最初に刃を交えたとき、義藤は春市を殺さないように戦っていた。義藤は優しい人だ。強いが優しい人だ。悠真はそんな義藤を守りたかった。義藤を信頼し、尊敬していたから。

「案ずるな、小猿。おとなしくしていろ」

春市が悠真に言った。その声は低く落ち着きを持っていた。

「信じられるか!」

悠真は春市に飛び掛った。無力な悠真が春市に勝てるはずもなく、悠真は瞬く間に春市に投げられ、地下牢の壁に叩きつけられた。息が詰まり、口から内臓が飛び出そうだった。倒れた悠真の上に春市が乗りかかってきた。両手を縛られた悠真は何の抵抗も出来ない。ただ、春市に押さえつけられ何も出来ずに暴れていた。足を動かし春市を蹴り上げようともがき続けた。

「離せよ!離せよ!」

悠真はもがいた。もがいて暴れて、体のあちこちが地下牢の壁にぶつかった。なのに、一つも春市に当たらなかった。これほどまでに差があるとは思わなかった。悠真は野江や義藤たちの足元にも立てない無力な愚か者。それでも、高ぶる感情を抑えられなかった。滅びた故郷が、死んだ祖父と惣次が、傷ついた義藤が、悠真の感情を高ぶらせていた。憎むべき相手は誰か。それは分からない。隠れ術士として、官吏の道具となった春市たちなのか、隠れ術士を道具として紅の命を狙った官吏なのか。その答えは分からない。分からないが、誰かに感情をぶつけなければ悠真は理性を保てなかった。

「離せよ、離せよ……」

悠真は暴れながらも、力が欲しいと願った。そして、惣次の言葉の意味が分かった。術士の世界は辛いことばかりだ。

――普通の生活をしてえ、そう思うのが普通じゃ。

惣次は言っていた。惣次は紅の側近だった。そんな惣次も術士を嫌っていた。術士に憧れる悠真をたしなめたものだ。今なら悠真も分かる。術士の世界は、紅の生きる世界は、危険で辛い世界。己の情けなさを突きつけられる。無力さを痛感させられる。心が辛くて、痛い。心の痛みが涙を誘った。どうしようもなくて、悠真は泣いていた。


 これが術士の世界だ。

 悠真が憧れていた術士の世界だ。

 術士の世界は辛いことが多くて、何も楽しい事はない。

 術士の世界は傷が多くて、己の無力さをまざまざと突きつけられる。

 情けない。

 穏当に情けない。


 野江は悠真に何と言うだろうか。

(あたくしは言ったはずよ。術士の世界は良いものではいと)

紅城へ連れて行って欲しいと懇願した悠真を、連れて行くと決断してくれたのは野江だった。それからずっと野江は悠真の近くにいてくれた。歴代最強の陽緋野江は、どのようにして陽緋の地位に着いたのか。実力第一の術士の世界とはいえ、若い女性が上に立つことを快く思わない者もいるだろう。野江は実力で全てを黙らせているのだ。野江の心労は計り知れない。


 都南は野江に何というだろうか。

(小猿が何をいきがっているんだ。まず鍛えろ。それからだ)

都南は術を使わずに朱将までのぼりつめた存在。何でもありの術士の世界に、普通の人間が入り込んだようなものだ。普通の人間でありながら術士の世界で生きるため、都南がどのような道を歩んできたのか想像するに容易い。一朝一夕であれほどの剣術を会得することは不可能だ。術士と同格の力を得るため、想像を絶する鍛錬を積んだに違いない。


 佐久は何と言うだろうか。

(まずは強くなりなよ。全てはそれからだからね)

優しい佐久はきっと否定しない。悠真の弱さも情けなさも受け入れてくれるだろう。それでも強い佐久は妥協しない。佐久の術を使う才は確かで、様々な色との相性も良い。佐久は優れた術士でありながら、身体を動かすことが苦手で大きな地位を得ることは無かった。その時点で佐久自身に己の限界は突きつけられた。現実の頂上を見ても、佐久は逃げずに紅城にとどまった。それはどれほどの勇気が必要だろうか。悠真なら、きっと逃げる。


 紅は何と言うだろうか。

 美しく強い紅は何と……。


 悠真は紅が何を言うのか分からなかった。

「ごめん、俺何も出来なくて、邪魔ばっかりで。ごめん、紅。義藤がこんなことになって……」

悠真は泣きながら紅に謝罪した。紅の胸の痛みを想像すると、紅の鮮烈な赤が翳ることを想像すると、悠真は何ともいえない気持ちになるのだ。

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