紅城の赤い時間(15)
まるで、糸が切れた人形のように柴は後ろに倒れた。
受け身も取らない柴は、大きな音を立てて、背中をしたたかに打ち付けていた。柴が死んでしまったのではないかと不安になる倒れ方であった。だから恐ろしくて、悠真は動けなかった。
「悠真、秋幸」
突然、柴が悠真たちの名を呼んだ。
「いるのは分かっている。俺の目を侮るなよ。俺の目は、火の国で紅に次ぐ目だ。お前たちには負けたりしないさ」
柴は大きく咳き込みながら、大きな声で言った。
「入ってこいよ。起こしてくれ」
柴が言い、悠真は扉へと走った。柴が強い術士であることも、優れた加工師であることも知っているが、今の疲れ果てた柴を見ていると、何ともいえない気持ちになったのだ。
加工師柴にとって、加工は慣れたことのはずだ。けれども、全身全霊を注いで、身を削るようにして加工している姿が胸に迫ったのだ。
建物をぐるりと回ったところに引き戸があり、悠真はそれを開いた。秋幸も悠真の後ろにいた。開き戸を開くと、中に籠っていた色が溢れ出るのが分かる。
閉じられた部屋の中には、むっとする空気が籠っていた。
汚れた裸足のまま、悠真と秋幸は部屋に入った。部屋は一間造りの小さなもので、特別な環境だということが肌で感じられた。
部屋の中央で柴は仰向けに倒れていた。柴の荒い呼吸が少し離れたところでも聞き取れれた。
「柴!」
悠真は柴に駆けより、柴の体を起こそうとした。しかし、大きな柴の体は、思うようにいかない。秋幸の手を借りて、ようやく起こした柴の体は、着物越しでも分かるほど汗でぬれていた。
荒い呼吸と、滝のように流れる汗で、加工を行うことの負担が理解できる。悠真は柴の体を支え、秋幸が水桶から湯呑に水を入れて柴に渡した。実際、柴は手を動かせないから、秋幸が柴の口元へと湯呑を運び、柴は呼吸を整えながら水を口に含んだ。
「お前たちが覗いていることは気づいていたぞ」
柴が苦笑して、悠真と秋幸を見比べていた。
「すみません。少し、はしゃぎ過ぎました」
秋幸が柴に頭を下げた。
「ごめん」
悠真も柴に頭を下げた。
柴はげらげらと品なく笑った。大きさのある柴らしい笑いだ。全てを許してくれるような、包み込んでくれるような広がりがあった。
「気にするな」
柴らしい。
夕刻、野江と言い合ったときの刺々しさを微塵も感じなかった。夕刻の苛立ちが嘘のように、包み込む大きさがある。柴が浅間五郎の秘密と、矢守結びの秘密を隠していることは事実なのに、秘密を抱いているということさえ忘れさせてしまう。
「恐れているのか?」
柴が悠真と秋幸を交互に見比べた。
――恐れている
柴に指摘され、悠真は己の心を知った。