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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の敵(3)

 春市は義藤を抱え、千夏は悠真を引きずりながら進んだ。悠真はもがこうと身体をねじらせるが、その瞬間に千夏に押さえつけられてしまうのだ。丁寧に手入れされた庭園を抜け、悠真は建物の並ぶ回廊へと連れて行かれた。


 冬彦を抱えた秋幸は、早々と立ち去った。傷ついた冬彦の手当てに向かうのだろう。


回廊の中の一つの建物に悠真を連れ入れられた。豪勢な屋敷の中は、紅城と同じように畳が敷き詰められていた。畳みが並ぶ豪勢さは、紅城と異なり冷たさを持っていた。冷たく感じるのは、この豪邸に赤い色が無いからだ。紅城を満たしていた鮮烈な赤は、強さと温かさを持っていた。この空虚な豪邸には色がなく、果てしなく広がる静けさがあった。悠真の背筋に汗が流れるのは、囚人となった恐怖ではない。色がない虚無の豪邸に、恐ろしさを感じたのだ。ここは田舎の自然とも紅城の輝きとも違う場所。君が悪いというのが正直な感想だ。


 悠真は千夏に引きずられながら段を上がり、外廊下を通り、一つの小部屋に入った。小部屋の奥には隠し階段があり、床から階段が引き出された。春市は灯りに火をつけ、階段を地下へと下り始めた。背中に義藤を背負った春市は、少しも重そうに振舞うことは無かった。都南に比べ細身である義藤も、一人の大人の男だ。背も比較的高いから、重さはそれなりにあるはずだから、春市の力はかなりのものだ。術士より都南に近い存在だ。

春市は丁寧に義藤を扱っている。意識のない義藤が乱暴に扱われないことに、悠真はひとまず胸をなでおろした。もちろん、千夏に連れられた悠真も一緒に降りた。地下室は階段の部分だけ木造りの壁であるが、地下に入ると石造りへと変わった。石造りの壁の地下室はとても湿度が高かく、天井に空気口があるが、上には建物が立っている。天井を見上げて見えるのは床下だ。どうやってこのような穴を掘ったのか分からない。黄の石の力を使えば容易いものかもしれない。それさえも石の力の使い方だ。

 春市が鍵を出し、牢を開けた。四畳半ほどの狭い牢の中には簡易の厠と、ござが敷かれていた。冷たさが先に立つ狭く暗い牢獄だ。

 義藤を丁寧に扱う春市はござの上に義藤を寝かせると、義藤の赤い羽織を脱がせた。少し色の白い義藤の肌は彼の血で赤く染まり、傷を縛った布も血で汚れていた。

「千夏、手を貸せ」

春市が言うと、千夏は悠真を牢の隅に押しやった。春市と千夏の二人は、悠真を縛り上げるようなことはしなかった。悠真は両手を縛られいたが、それ以上の拘束をされず、彼らは悠真が無力な小猿であることに気づいているようだった。悠真は無力だ。その無力さは誰よりも悠真自身が知っている。

「変な真似しないようにね」

悠真は千夏に威圧され、身を縮めた。もちろん、悠真は何も出来ない。千夏は義藤を囲むように、春市の向かいに座った。

「義藤に手を出すな」

悠真は二人に言った。勇気を振り絞った声は情けないことに震えていた。義藤は悠真のことを最優先に守ってくれた。その身をかえりみず悠真を守り、その結果今に至るのだ。そんな義藤は今、意識を失ったまま敵に囲まれている。悠真は義藤が二人に殺されてしまうと思ったのだ。


――このままでいいのか?

――どうするんだ?

――どうしたいんだ?


悠真は自分自身に問うた。このまま、義藤が殺されてしまったとして、己を許すことが出来るのか。その責を負ったまま、生きていくことが出来るのか。それは、故郷が滅びて一人で生きていくことよりも辛いこと。義藤が優しい人で、誰からも必要とされていると知っているからこそ、なおのこと己を許すことが出来ない。悠真は、義藤を守ろうと叫んだ赤の姿を思い出した。叫んで、叫んで、叫んで、赤は義藤のことを助けようとした。それでも助けられぬと赤は己を責めていた。

 赤は色神だから、人の世に関わることはあまり出来ない。出来るのは、己の器を選び色の石を生み出させるだけ。その石を人間に使わせて国を繁栄させるだけ。しかし、赤は義藤のために叫んでいた。手が触れないなら声を。声が届かぬなら祈りを。赤は義藤にささげていた。


――己はどうだ?


悠真には手がある。足がある。声がある。人の世に存在する肉体がある。赤と違い、身体があるのに悠真は何も出来ない。いや、何もしようとしていないのだ。


――行け。


悠真は自分自身に命じた。己の全てをぶつけろ、と悠真は命じた。

 

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