緋色の温もり(16)
野江は紅の過去を知らない。紅は義藤と旧知の仲だが、どこで出会ったのか、紅の家族は誰なのか、何も知らないのだ。彼女は、色神となった途端人間としての一生を終えたのだから。
「紅、あたくしはね、堂々巡りの弱い存在よ。けれども、あなたと歩みたいと、あなたを守りたいという思いは偽りないわ。たった一人のかけがえのない存在。とても愛おしい存在。――みんな、紅を愛しく思っているのよ」
人から必要とされているのか不安を覚えているのは野江の方だ。ふとした時に、寂しさに襲われるのだ。心の隙間に忍び込む風におびえているのは紅だけでない。野江も同じだ。
「紅、お聞きなさい。女はね、強くなれるのよ。女は誰よりも強くなれるの。あたくしは
女の強さを信じているわ」
紅が再び野江にすり寄った。紅の手は野江の手を握り、片方の手は野江の腕をつかんでいる。
「野江、私と歩んでくれるのか?」
紅の問いは、まるで婚儀の誓いのようであった。同じかもしれない。紅に仕えるということは、紅と苦楽を共にするという誓いだ。
「あたくしは、あなたと一緒よ」
紅は小さく笑った。
「ならば、私も野江と一緒だ。野江、たとえ術が使えなくなろうと、たとえ刀が握れなくなろうと、私にとって野江は大切な存在だ。誰よりも包み込んで、甘えさせてくれる大切な存在。野江がどのような状況に陥ろうとも、私は野江を信じている」
――信じる
その言葉がとても重い。紅の言葉は続く。
「赤を受け取ってもらった時点で、私は仲間を信じていた。野江、義藤、都南、佐久、柴、遠爺、そして鶴蔵。なのに、私の心にも風は吹きこむ。誰よりも信じなくてはならないのに、疑ってしまう」
野江は何も言えなかった。昼間、紫の石を通じて、紅が野江に言葉を送ってきたときに、野江は察するべきであったのかもしれない。「信じている」と言葉で言うには容易い。けれども、現実に消えてしまった佐久を信じ続けることは難しい。今までの信頼が大きければ、尚のことだ。野江は、紅のことを何も考えていなかったのだ。弱さを見せるのが、誰よりも苦手な紅の不安を察することが出来なかった。強くなければならない立場の紅の、隠れた弱さを野江は感じることが出来なかった。今も、紅は弱さを見せない。ぎりぎりのところで強さを保とうとしている。強い紅であろうとしている。紅の演技力は本物だ。感情を押し殺して、ここにいるのだから。