緋色の温もり(15)
どれほどの時が流れただろうか。野江はただ、紅の温もりを感じていた。
「ありがとう、野江」
ふと、布団の下で紅の声が響いた。いつもに近い紅の声になった。少し勢いがあって、少し横柄で強い。そんな紅だ。
「あたくしは何もしていなくてよ」
野江が言うと、紅は布団の下から顔を出し。
「ありがとう」
紅は再び言うと、野江の手を強く握った。野江は紅に何を話して良いのか分からなかった。紅は子供でない。何かを気に掛けることも無意味であるし、色神という立場上、野江に見せることが出来ない一面もあるはずだ。
「野江はいつも、私の欲しい言葉をくれる」
紅がゆっくりとした言葉で言い、野江の手にその指を絡めた。紅の手も刀を握る人の手だ。手に豆がある。野江が紅の欲しい言葉を渡しているのではない。それは、野江の欲しい言葉だ。野江の欲しい言葉と紅の欲しい言葉が同じだということ。
「違うくてよ」
野江が紅に言うと、紅は「ん?」と短く問い返した。
「紅、それは紅の欲しい言葉でなくて、あたくしの欲しい言葉であってよ。あたくしも紅も、同じ言葉を欲しているのね」
野江は紅を思った。紅は野江よりも年下なのに、野江よりも強さを見せる。野江よりも遥かに上に立っているかのような印象を与える。けれども、紅の苦悩は野江と同じなのかもしれない。野江も紅も戦う女性であるのだから。
「野江の欲しい言葉?」
紅は口にしたが、それ以上何も言わなかった。野江は紅のことを思った。紅は色神だ。もしかしたら、野江にさえ弱さを見せることを拒んでいるのかもしれない。こんなにも必死に、こんなにも強くなろうと足掻いている。野江にとって、今までも紅は大切な色神だった。しかし今は、紅が色神であってもなくても、守りたいと思うのだ。こんなにも強くなろうと足掻いている紅が愛おしいのだ。
「紅、あたくしは弱い存在よ。あたくしは、陽緋として強くならなくてはならないのに、いつも同じ悩みを繰り返すの。誰もがあたくしに優しくしてくれるのは、あたくしが術士で陽緋だから。術士でなくなり、陽緋でなくなれば、あたくしは誰からも必要とされないかもしれない。陽緋のあたくし。けれども、そんなあたくしは本当のあたくしじゃないのかもしれないわ。情けなくて、弱くて、口が悪くて、性格が悪くて、自分勝手で、そんな本当のあたくしを受け入れて欲しいの。たった一人でもいい。誰かに、ありのままのあたくしを受け入れてもらいたくて、ありのままのあたくしを認めてもらいたいの。そして、一緒に戦って欲しいのよ。生きることは戦うことだから。あたくしは一緒に戦って、生きて欲しいの。こんなあたくしは、陽緋として恥ずかしいくらい弱い存在なのよ」
野江は紅の手を握りしめた。野江よりも遥かに大きな重圧の中にいる紅は、こんなにも愛おしい存在だ。
「そんなの、野江だけじゃないさ」
紅の低い声が響いた。野江はそれ以上、紅に問うことは出来なかった。紅は色神としてあり続けなくてはならない。色神として、生きなくてはならないのだ。