緋色の温もり(7)
野江は何も言えなくなった。義藤は出来る男だ。どこまで野江のことを見透かしているのか分からない。
「ゆっくり休んでください。俺はここで」
義藤は畳に手をついて深く頭を下げた。流れるような丁寧な所作は、鳳上院家の兄たちが見ても惚れ惚れするだろう。彼らは、術士とつながりを持ちたいはずだ。紅の近くにいる義藤とつながりを持ちたいはずだ。兄たちが欲するのは、ぶっきらぼうで雑な都南でなく、頭の良すぎる佐久でなく、きっと義藤だ。そして、そんな目で仲間を見ている野江は、自分自身にさらに嫌気がさした。
「ええ、ありがとう。義藤」
野江は動く左手で赤い羽織に触れて頷いた。兄たちのことは忘れよう。それが、野江が過去と決別する一番の近道なのだから。
義藤は姿勢正しく部屋を後にしてく。それが義藤なのだ。刃物のような強さも、不器用な優しさも、肩がこるほどの几帳面さも義藤なのだ。
「本当に、あたくしは弱いわね」
野江は自らに言い、閑散とした自室を見渡した。この部屋は、幼い日々を過ごした部屋とは違う。なのに、なぜ野江は寂しいのだろうか。
野江は術士として強くなった。術士として頂点の陽緋に立ち、歴代最強と称されるほどになった。なのに、なぜ不安に駆られるのだろうか。どうして、心に波が立つのだろうか。紅は野江を必要としてくれる。なのに、なぜ孤独なのだろうか。過去を隠すことを止めて、公にする勇気を持った。なのに、なぜ孤独が怖いのだろうか。
「本当に、あたくしは……」
堂々巡りの苦悩の中で、野江は痺れた右腕を抱きしめた。
「本当に、あたくしは……」
無性に、野江の目に涙が浮かんだ。心が波立つ。荒れる。なぜだか、叫びだしたい気分であった。自分で自分の制御が出来なくなるような気がした。月明かりの差し込む部屋の中で一人。野江はどうしようもない気持ちだった。
「一体、あたくしはどうしたと言うのかしら……」
このような不安に駆られる時は少なくない。まるで、何かの波のように不安が定期的に押し寄せるのだ。何が起こったわけでもない。それでも、感情の乱れは定期的に押し寄せてくる。何事もない日ならば、言い聞かせて落ち着くことが出来る。他人を見て羨むこともない。なのに、今日の野江は荒れていた。その荒れや乱れが自覚できる程だ。
「情けない」
野江は強くなくてはならない。陽緋なのだから。なのに、野江は弱い。
「本当に、あたくしはどうしたのかしら」
野江はどうしようもない気持ちに襲われた。術士として仲間と切磋琢磨し、ここまで歩んできた。何も不満などないのに、一体どうしたというのだ。