表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一色  作者: 相原ミヤ
火の国の夏に降る雪
560/785

緋色の温もり(7)

 野江は何も言えなくなった。義藤は出来る男だ。どこまで野江のことを見透かしているのか分からない。

「ゆっくり休んでください。俺はここで」

義藤は畳に手をついて深く頭を下げた。流れるような丁寧な所作は、鳳上院家の兄たちが見ても惚れ惚れするだろう。彼らは、術士とつながりを持ちたいはずだ。紅の近くにいる義藤とつながりを持ちたいはずだ。兄たちが欲するのは、ぶっきらぼうで雑な都南でなく、頭の良すぎる佐久でなく、きっと義藤だ。そして、そんな目で仲間を見ている野江は、自分自身にさらに嫌気がさした。

「ええ、ありがとう。義藤」

野江は動く左手で赤い羽織に触れて頷いた。兄たちのことは忘れよう。それが、野江が過去と決別する一番の近道なのだから。


 義藤は姿勢正しく部屋を後にしてく。それが義藤なのだ。刃物のような強さも、不器用な優しさも、肩がこるほどの几帳面さも義藤なのだ。

「本当に、あたくしは弱いわね」

野江は自らに言い、閑散とした自室を見渡した。この部屋は、幼い日々を過ごした部屋とは違う。なのに、なぜ野江は寂しいのだろうか。

 野江は術士として強くなった。術士として頂点の陽緋に立ち、歴代最強と称されるほどになった。なのに、なぜ不安に駆られるのだろうか。どうして、心に波が立つのだろうか。紅は野江を必要としてくれる。なのに、なぜ孤独なのだろうか。過去を隠すことを止めて、公にする勇気を持った。なのに、なぜ孤独が怖いのだろうか。

「本当に、あたくしは……」

堂々巡りの苦悩の中で、野江は痺れた右腕を抱きしめた。

「本当に、あたくしは……」

無性に、野江の目に涙が浮かんだ。心が波立つ。荒れる。なぜだか、叫びだしたい気分であった。自分で自分の制御が出来なくなるような気がした。月明かりの差し込む部屋の中で一人。野江はどうしようもない気持ちだった。

「一体、あたくしはどうしたと言うのかしら……」

このような不安に駆られる時は少なくない。まるで、何かの波のように不安が定期的に押し寄せるのだ。何が起こったわけでもない。それでも、感情の乱れは定期的に押し寄せてくる。何事もない日ならば、言い聞かせて落ち着くことが出来る。他人を見て羨むこともない。なのに、今日の野江は荒れていた。その荒れや乱れが自覚できる程だ。

「情けない」

野江は強くなくてはならない。陽緋なのだから。なのに、野江は弱い。

「本当に、あたくしはどうしたのかしら」

野江はどうしようもない気持ちに襲われた。術士として仲間と切磋琢磨し、ここまで歩んできた。何も不満などないのに、一体どうしたというのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ