赤の敵(1)
悠真たちを乗せた馬車は、しばらく走り、止まった。
田舎者の悠真には、ここがどこ出るのか知る余地も無い。ただ、一度止まり、再び動き始めたことは分かった。扉が開いたのは、それからすぐ後のことだった。悠真は敵の陣中に連れてこられたのだ。
「降りろ」
後部の木の扉が開けられ、悠真に命じたのは顔の半分を黒い布で覆った男だった。声からすると、春市のようだった。
「千夏、紅を連れて行け。秋幸は冬彦を連れて行け。俺は義藤を連れて行く」
名と呼び方から彼は兄弟だろう。一人の男が前へ行った。おそらく、それが秋幸。様々な色と相性が良い実力者。そして、女性と思われる一人が悠真の足を縛った縄を切り、悠真を立たせた。彼女が千夏。悠真は身じろいだ。ここまで来たら、抵抗できるだけしなければならない。行動しなければ、好機に恵まれることもない。好機を待つだけではいけない。好機は自ら掴むものだ。昨日、野江に飛びかかったから悠真は紅城へ足を運ぶことが出来た。そして、形は違うけれども復讐する相手を見つけたのだ。
千夏が女性だからという考えが悠真にはあったが、それが間違いであるとすぐに教えられた。身をよじり暴れようとした悠真の腕を千夏が締め上げた。腕の骨が軋んで音を立て、痛みで悠真は呻いた。
「どこまでも愚かな小猿ね。これ以上は無駄なことよ」
すると、千夏は悠真の耳元に口を寄せ、小さく囁いた。
「義藤を助けたいのなら、おとなしくしていなさい」
それは意外な言葉であった。彼らにとって義藤は敵だ。敵だから義藤の命を狙うし、悠真の命を狙う。けれども、彼らは義藤を助けるような発言をしたのだ。その言葉を信じたわけでないが、悠真はなされるがままにしていた。諦めるわけにはいかない。千夏は義藤を助けるような言葉を口にしたが、それを鵜呑みにすることも出来ない。だから悠真は機を逃さないように、この場所はどこなのか知るために、全身でこの場の空気を探り辺りを見渡した。三人に命じた男――おそらく春市と思われる男が、軽々と義藤を抱えた。
悠真は引きずられるように歩いた。義藤を抱えた男、黒い服を来た仲間を抱える男、そして悠真を引きずるように歩く女性。彼らが紅を殺そうとした犯人だ。それでも、彼らだけでそれを成し遂げたとは思いがたい。官府が犯人だと紅たちは話していた。官府とは、実質的な政治を行う役所であり、紅と対等に渡り合う存在。ならば、政治的に強い権力を持つ立場にある者が犯人だ。おそらく官府の人間「官吏」だ。官吏は一般雇用と血統雇用の二種類が存在する。一般雇用は悠真のおような民間人が学を得て、官吏になるための試験を経る道のり。血統雇用は血筋で雇用される。親が権力者である場合、子供にはその地位が約束されるのだ。この豪邸を見る限り、おそらく敵は後者だ。紅の暗殺という難題が彼ら四人だけでそれがなせるとは思えず、同時に目の前に経つ豪邸が彼ら四人の家だとは思えない。様々な色の石が、彼ら四人の所有物だとは思えない。色の石は容易く手に入れることはできない。紅の石は紅が一日一つ生み出す希少な石。今の紅の生み出した石は、紅の監視下にあるから容易く使用することは出来ない。つまり、彼らが持っているのは先代以前の石だ。今の紅が十年だから、十年前から紅の石を持っているということだ。そして異色の石を手に入れるのは更に難しい。火の国は鎖国状態だから、異色の石を手に入れるのは独自の道が必要なのだ。四人の隠れ術士を雇っている官吏は、強大な力を持った存在だ。権力という力に溺れた存在だ。
突然、彼らは足を止め、地に膝をついた。悠真も地に倒され、無理やり頭を下げさせられた。砂利が頬に食い込み、悠真は横目で辺りを探った。来るのだ。四人の隠れ術士を雇っている赤の敵が来るのだ。
「紅を捕らえました」
春市が言った。広い庭園には松明が燃え、庭を照らす。悠真は目線だけを必死に動かして、相手の顔を見ようとしたが、見えるのは高価そうな着物の裾だけ。けれども、着物の柄から相手が年配であることが分かった。
「して、春市。誰が紅だと?」
年配の男は黒服の四人の頭のようで、四人に命じているのはこの男だ。
この男が赤の敵だ。