緋色の温もり(6)
今の紅が無鉄砲に振る舞えるのは、紅の隣に義藤がいるからかもしれない。紅の義藤への信頼はとても大きい。
「義藤、紅を守りなさい」
言ったのは、野江の義藤への信頼だ。
「当然です。俺の世界は紅と出会って変わったのですから」
義藤は何とも優美に微笑んだ。紅と出会って変わったのは、野江も同じだ。先代紅と出会い野江の未来は開け、今の紅と出会い野江は強さを手にした。
「あたくしも同じよ。あたくしも紅と出会って変わったのよ。あたくしは、あの子のために戦うわ」
野江の心にいつも鮮明に蘇る。あの鮮烈な赤色と、計り知れない強さと自信。隠し通された儚さと女性らしさ。重圧の中で平然と振る舞う力。野江の中に大きく存在する。
「同じです。俺も野江も同じです。きっと、柴も同じはずです」
義藤が目を細めて微笑んだ。野江はその微笑みを見て、なんとも言えない気持ちになった。義藤は強い。年下の義藤を見てそう思ってしまうのだ。未だ、負けていないと思っても、未だ負けていないと言い聞かせても、己は必要とされていると思っていても、ふとした時に心に弱さが入り込むのだ。同じ悩みを何度繰り替えせば良いのだろうか。何度悩めば良いのだろか。解決したようでも再び迷いが野江を襲う。
野江の心は迷いの中にある。常に過去が野江を捕えようと追いかけてくるのだ。鳳上院家の末娘として育てられた幼い日の記憶。そして術士でなくなることの不安。術士としての存在価値を失う不安。義藤に抜かされる不安。紅を守れないのではないかという不安。野江の心は不安の中にあって、何度振り切っても追いかけてくる。それが野江の油断となり、影の国の術士「萩」に敗れることにつながったのに、野江は何度でも不安に追いつめられる。紅が声をかけてくれて、一時は気にしなくなっても、野江は再び野江は追いつめられるのだろう。もしかすると、今回過去を語ったところで何も変わらないのかもしれない。野江はいつでも不安の中にいるのだから。どうすれば、野江は人として成長することが出来るのか、どうすれば野江は強くなれるのか、何も恐れない大人になれるのか、野江には分からない。きっと、それが野江の弱さだ。先代の紅が、先代の赤丸が、遠次が、柴が、鶴巳が、そして義藤までもが野江を励ましてくれるのに、野江はいつも自分を卑下してしまう。愚かなことだと、その度に言い聞かせているのに、野江の心に風が吹き込む。歴代最強の陽緋と称されても、結局はこの程度のものだ。堂々巡りの悩みだ。
「本当にあたくしは……」
思わず野江は口にした。この弱さと決別したくて、野江はいつも己の心と戦っているのに、心に風が吹き込むのだから。
「どうかしましたか?」
義藤が野江に尋ねた。
「いえ、なんでもないのよ」
野江は己の心に囚われている。結局、答えなどないのだ。いつも襲ってくる不安と孤独と戦い続けるしかないのだ。自分という人が嫌になる。嫌になって仕方ない。野江は陽緋として、術士たちの頂点に立つ。多くの術士が野江を尊敬し、頭を下げる。尊敬されても、野江は自信が持てないのだ。まるで、必死に虚勢を張っている無力な兵士のようであった。堂々巡りの悩みと、これから付き合っていかなくてはならないのだろう。嫌な自分を受け入れなくてはならないのだろう。