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一色  作者: 相原ミヤ
火の国の夏に降る雪
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緋色の温もり(4)

 柴を追い込んだのは本意ではない。だが、それは言い訳でしかない。仲間の前で野江は柴を追い込んだのだから。

「野江、今大丈夫ですか?」

礼儀正しい声に野江は微笑んだ。

「義藤、どうかしたのかしら?入ってもよろしくてよ」

野江が答えると、義藤が流れるような所作で障子を開き、膝をついたまま部屋の中へと入ってきた。膝をついたまま、流れるように障子を閉める。義藤という人の本質なのだろう。野江が鳳上院家で育てられたときに、教えられた礼儀を義藤は全て会得している。

「失礼します」

部屋に入ると、義藤は手を畳について深く頭を下げた。

「傷は痛みますか?」

姿勢を正した義藤が一言口にした。

「いえ、問題ないわ」

野江が答えると、義藤はそれ以上何も言わずに持って来ていた、たとう紙を前に差し出した。

「預かっていた、赤い羽織です。虫干しをして火のしをしておきました」

言うと義藤はたとう紙を開いた。組紐で結ばれた紙を開くと、中には皺ひとつない美しい羽織があった。

「本当に、あなたは几帳面ね。所作も美しいわ」

野江の言葉が可笑しかったのか、義藤は苦笑しながら羽織を開いて立ち上がった。

「俺は、野江を真似ていましたから。山育ちの俺が、紅城で侮られないように、俺は野江を真似ていました。野江の品を真似ていた俺は、いつの間にかその仕草が染みついてしまったようです。野江に褒められるとは、とても嬉しいものですね」

義藤は流れるように歩きながら野江に近づくと、開いた羽織を布団の上に身を起こした野江の肩に掛けた。

「野江には、赤が似合います」

普段は何気なく纏っている赤い羽織の重みが、このような時は切実に感じられる。この色は、紅に忠誠を誓う色。そして、戦うことを意味する色。戦う相手は紅を傷つける敵だ。決して柴ではない。

「義藤、あたくしに赤を持つ資格はあるのかしら」

野江は義藤に尋ねた。野江からしたら、年下の若い術士だ。紅城に義藤が足を運んだ時の初々しさは忘れられない。けれども、今、義藤は大きな存在だ。紅を支えることが出来る存在。まだまだ義藤は成長する。彼の存在感はさらに大きくなるだろう。どんな時でも、赤を持つ重みを忘れてはならない。

「赤を持つ資格がどのような物なのか、俺には分かりません。俺はいつでも、野江に甘えているのですから。野江、都南、佐久、そして柴。俺にとっては、偉大なる先輩方です。そんなこと、おっしゃらずに、もう少し甘えさせてください。俺が一人前になるまで」

義藤はとても真面目な性格だ。野江はまだ義藤に負けるつもりはないが、いずれ抜かされるだろう。その時は近い。野江は義藤に劣ってなどいない。負けるつもりもない。それでも、時間の問題だと言うことは分かる。義藤に敗れても、失うものなど何もない。野江は過去と決別したのだから。だが、弱い野江の心に風が吹き込む。

「義藤、あなたが、あたくしを超えるのは時間の問題よ。あなたは決して鍛錬を怠ったり、己の力を過信したりしないでしょう?――それでも、まだ負けるつもりはなくてよ」

義藤が何を考えているのか分からない。野江を励まそうとしているのなら、百年早い。まだ、義藤に負けていない。

「ええ。まだ、俺は野江に勝てません。でも、いずれ、抜きます。その時まで、野江が俺に任せても大丈夫だと思える日まで、俺の前に立っていてください」

義藤は品のある笑いを見せ、ゆっくりと口を開いた。

「少なくとも、紅の中での野江の存在は大きい。俺に野江の代わりは出来ません」

野江は何も返すことが出来なかった。義藤が日々前へ進んでいることは事実だ。以前より危なっかしさが減っている。落ち着きが増している。

「日に日に、強くなっていくのね、義藤」

野江は義藤を見つめた。野江より小さかった子供は、野江より大きな男になった。ぶっきらぼうな都南とも、優男の佐久とも違う。


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