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一色  作者: 相原ミヤ
火の国の夏に降る雪
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白が決める覚悟(9)


――医学院が廃止され、多くの命が救われました。


アグノがソルトに話してくれた。実験体が救われたことを。でも、それは雪の国の発展を抑制することになる。実験の末に生まれる医療技術を滅ぼすことになる。どちらが正しいのか、ソルトには分からない。


 小さな行動が、大きな波紋となる。己が受けた恩を他の人に渡す。それが、大きな力となる。吉枝の言葉には、不確かなことが多い。全ての人が受けた善行を他者へ返すことが出来たのなら、世界は桃源郷のような平和な世界となるに違いない。それでも、世界では苦悩する人がいる。こんなにも、温かく感じる火の国であっても、浅間五郎のような人がいる。紅と対立する官吏がいる。何もかもが理想論だけれども、理想を信じても良いのかおしれない。


――ソルト。私の愛しいレディー。


 そこには白の姿があった。

 ソルトが好きになれない雪の国。

 嫌っている雪の国。


 そして、憎んでいる白。


 色は、無条件に色神を殺すことが出来るはずだ。己が器に選んだのだから、次なる器を選ぶことも、力を奪うこともできるはず。なのに、これだけ嫌っても、どれだけ憎んでも、白はそこにいる。白は、ソルトに何の利益を見ているのだろうか。医学院を廃止したことは、雪の国にとってマイナスでしかない。現にソルトは雪の国から疎まれている。命を救う神であるのに、疎まれている。


――なぜ、白は私を殺さないの?


ソルトは白に尋ねた。吉枝が起きているのかどうか分からない。確かなのは、色である白の姿は吉枝には見えず、ソルトが白に語り掛ける心の声は吉枝には聞こえない。


――何をおっしゃるのですか?愛しい私のレディー。


白は心底困惑したように首をかしげていた。白い髪に白いタキシードがよく似合う。


――あなたは、私を殺せるんでしょ。なのに、なぜ殺さないの?


ソルトは白に尋ねた。白は苦笑した。


――貴女は、私の生きる世界を変えてくれました。貴女の力で、私は私の色を知ることが出来たのです。だから、貴女は私の愛しいレディーです。色である私が、貴女に手助けできることは限られています。それは、他の色も同じ。私たち色が、人の世に関わることは限られているのです。赤は人の世に過干渉でした。そのことを、私たち他の色は馬鹿にしていました。ですが今、私は理解しているのです。赤が己の器である色神に固執することも、黒が己の色神に異常な思いを寄せることも、今は理解できるのです。他の色から見れば、私も愚かな色なことでしょう。ですが、貴女は教えてくれました。私が貴女を色神に選んだのは、貴女の一色を見てのことでした。そして、貴女は医学院を廃止した。私にとって、それは革命が起きたようなことでした。代々、白の色神はとても受動的で、雪の国を実質的に動かしているのは、他の者たちでした。火の国で生きる赤の色神紅のように、官吏と色神と同等の力を持つ国、宵の国で生きる黒の色神クロウのように、色神が支配者としての力を持つ国、そして、私の色、雪の国で生きる白の色神ソルトのように、色神が神として崇められ、実質的な権力を持たない国。私には、どれが正解なのか分かりません。ですが、私は貴女と出会い、雪の国の変革を見ました。貴女は雪の国の白の色神として、行動を起こしました。医学院の廃止という信じられないことを成し遂げました。そんな貴女を見て、私は我に返ったのです。貴女を心から愛しいと思ったのです。


白の手がそっとソルトに伸びてきた。しかし、色神とはいえ色の「白」と生きる世界が違うことは事実だ。生きる世界が違うから、白の手はソルトに触れることは出来ない。


――私は、貴女の力になることは出来ません。私と貴女は生きる世界が違うのです。今になって、私は赤

の苦悩を理解したのです。赤の色を理解したのです。彼らは私を嫌っています。それは、私がどれほど愚かな行為をしてきたか、それが理由です。


白のことを、ソルトは何も知らない。知ろうとしなかったのかだから当然だろう。


――白、私は雪の国をどのようにすれば良いの?


ソルトは白に尋ねた。ソルトの目の前にいる色が、ソルトを色神にしたのだから。


――分かりません。私には、分かりません。ですが、私には貴女の一色が見えます。貴女の一色は、白である私が選んだ色。貴女以上の、白の色神は存在しません。色は国に力を与えます。私は、貴女を選びました。一色は、人の本質を示します。貴女以上に、雪の国に相応しい色神は存在しないのです。自信をお持ち下さい。そして、覚悟を決めてください。色神として、戦う覚悟を。

白がソルトに対して強い言葉を発することはあまりなく、意外な発言にソルトは戸惑った。すると、白は小さく微笑んだ。


――ソルト。私は、知ったのです。私は赤の色神紅と、黒の色神クロウと会いました。彼らには強い覚悟があります。色神として生きる覚悟です。どれほど蔑まれようとも、己の信念を貫く覚悟を持っています。


――白は、無色を狙っているのでしょう?

火の国は無色を持っている。無色を手にした色は、色の世界で覇権を握る。その色を目の前にして、他の色神を褒めるなど間違っている。


――無色は魅力的な色です。ですが、無色を抜きにしても、貴女は赤の色神と会うべきでしょう。赤の色神と言葉を交わし、私はそう思ったのです。


ソルトは白の顔を見上げて、そのまま布団を被った。



 明日になれば、何かが変わる。きっと、ソルトの中の何かも変わる。雪の国から不要だとされても、ソルトは生きる。なぜ、生きるのか。その理由は分からない。白の色神の力ならば、ソルトの死後次の色神へ譲渡される。それでも、ソルトは生きる。ソルトを守ってくれるアグノを傷つけ、白の一色を持つ冬彦を危険にさらし、温かい存在である吉枝を戦いに巻き込んでも、火の国を戦いの場にしても、ソルトは生きるのだ。早く、命を終わらせればよいのに、ソルトにはそれが出来ない。多くの犠牲の上にソルトは生きていく。


 小さな波紋が大きな波となるように、今後のソルトの言動が良い方向に雪の国を導くかもしれない。それだけ前向きにならなくてはならないのだ。


――今日は、ゆっくりお休みなさい。


白の声に導かれるように、ソルトは白い夢の中へと堕ちていった。


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