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一色  作者: 相原ミヤ
火の国の夏に降る雪
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白が決める覚悟(8)


 今、ソルトは火の国にいる。この国は雪の国と違う。雪の国は大国なのに、利益を中央がむさぼり、末端はぎりぎりの生活を強いられている。火の国は官府と紅の対立がみられるが、雪の国の腐敗の方が大きい。アグノの故郷のような場所を作ってはならない。


「たぶん、私は雪の国が好きじゃないんだと思うの」


ソルトは布団に包まって言った。布団を頭からかぶると世界は暗くなる。白色の蛍光灯の世界を忘れることが出来る。技術面では雪の国の方が遥かに上なのに、遅れている火の国の方が温かいのが不思議だ。


「嫌いだとか言っちゃいけないよ」


吉枝が一つ間をおいて続けた。吉枝の声は、長年の人生経験によるものなのか、不思議な深みがある。

「嫌いだと言って、最初から拒絶しちゃいけないよ。私も、鳳上院家を憎み続けていたら、きっと五郎に協力しようなんて思わなかったかだろうからね」

吉枝がどれだけ「浅間五郎」を思っていたのか理解することが出来る。


――浅間五郎


その名前の男は、何を考えて動いていたのだろうか。

「浅間五郎って、素晴らしい人だったんだね」

ソルトの中にあるのは嫉妬だ。何に嫉妬しているのか。


それを理解するには容易い。


 ソルトは火の国に嫉妬しているのだ。火の国のことを思って動いている人が多い。浅間五郎も火の国のために命を落とした。雪の国に、国のことを、民のことを思う人がどれほどいるだろうか。国の発展と、そこで生きる民の命を共に考えることが出来る者はいるのだろうか。

「鎖国も悪くない」

ソルトは一つ呟いた。異国は白の石を求めて、雪の国に群がる。群がられた雪の国は、己が国の価値を過信し、異国より有利に立とうとする。利益を得るのは、中枢で、末端の村々は切り捨てられる。切り捨てられたのが、アグノの村だ。一つの白の石の利益があれば、一つの村が救えるというのに、一つの村の冬が越せるというのに、利益は中央に集められる。


「鎖国?」


吉枝がソルトに問い返した。火の国は鎖国をして、異国との貿易を制限している。島国という立地も鎖国に有利であり、火の国は独自の文化を発展させた。

「異国と利益を奪い合うと、結局、国の中のことがおろそかになるのね。より平和に生きるために、異国と協力するのなら良いけれど、今の雪の国は違うの。雪の国は、みずから の国を大きくするために白の石を利用しているの――そんなこと、間違っているのに。白の石は貴重な石。白は、雪の国に白の石を与

えたの。白の石があれば、極寒の雪の国を平和な楽園に変えることが出来るから」


ソルトは火の国の色神紅と、赤を思った。


「もしかしたら、紅の石だって使い方を間違えれば火の国は滅びていたかもしれない。火の国は鎖国をして正解よ。異国と張り合って、無駄な血が流れずに済むから」

国を動かすということは難しい。それが多くの命を扱うとなればなおさらだ。色神なんて、色の石を生み出すだけで、何の力もない。一色が色神に適していると色が判断しただけで、色の石を生み出す器にされただけだ。色の石を生み出すという力があるだけで、利用される色神も多いはずだ。ソルトのように、不要となれば殺される。殺されたって、次の色神が現れるのだから関係ない。

「色神様は、私たち只人の知らないところで、様々な苦悩を抱えておる。一人で戦うと負ける。一人で戦うと潰されるんじゃよ」


吉枝の声は穏やかに響いていく。


「一人で戦うと負ける?」


ソルトが理解できずにと返すと、吉枝は小さく笑った。

「五郎は、一人で兄たちと戦っていたけれど、結局は何もできなかったんじゃ。暴力で、権力でねじ伏せられて、この都へと追い出された。五郎の兄たちは、本来なら五郎一人で戦うことも、勝つことも出来ない相手じゃよ。だから、五郎は私のところへ来た。一人で戦うことを諦めて、御薗家の生き残りである私の家柄を借りて、紅様の力を借りて、兄たちと戦った。結果、五郎は助からなかったかもしれないが、五郎が守りたかったものは守ることが出来たんじゃよ」


「先代ね……」


ソルトは今の紅のことでさえ知らない。先代のことなどの知るはずもない。先代紅の時代、ソルトは何をしていたのかもわからない。

「先代紅様のことを私は知らないけれども、紅様の使いだという男女に会ったことがあるよ。とても穏やかな男性と、美しい女性だった。彼らは五郎の話を私に聞きに来て、私に伝えたんだよ。五郎の妹と妻と娘は救われたと。――五郎は助けを求めた。協力を求めた。それでいいんじゃないのかい?一人ですべてを支えるなんて不可能なことだよ。誰かの協力があるから、誰かの助けがあるから、生きていけるんだよ。私には、色神様の苦悩の一端を理解することも出来ないだろうね。でもね、ソルト。私は思うんだよ。こんな婆の話でも、迷えるソルトの道を示す灯りになれるんじゃないのかね。これでも、人生の酸いも甘いも経験してきたのだからね」

月明かりに照らされた吉枝が微笑んだ。皺の刻まれた顔は、彼女が苦悩して生きてきた道だ。

「私を助けてくれる人はいるの?」

ソルトが吉枝に尋ねると、吉枝はさらに微笑んだ。

「冬彦が助けてくれるよ。そして、微力ながら私も一緒に折らせてもらう。それじゃ力不足かえ?」

冬彦が一緒にいるだけで、吉枝が一緒にいてくれるだけで、ソルトは強くなれるような気がするのだ。


――冬彦

――吉枝


「私は……」

吉枝がゆっくりと言った。

「ソルトは一人じゃないんだよ。雪の国という一国の未来を一人で背負うと思うと、それは、それは重いことじゃろう。たくさんの命が、助けてくれと救いを求める。助けることが出来る人なんて、いるはずがない。人は己の力で生きてかなくてはならないのだからね。私も、私の力で生きてきものだよ。没落する御薗家を、私は救うことが出来なかった。自ら命を絶つ家族を救うことが出来なかった。――それでもね、私は言い聞かせているんだよ。私は、最善を尽くした。それが最良とは分からないけれども、私は最善を尽くした。そう、言い聞かせなきゃ、辛くて耐えられないよ」

吉枝はゆっくりと、布団に身を横たえた。

「ソルト、私たちを頼りなさい。私は、何度も己の無力さを感じてきたよ。家は没落し、家族を失い、そして五郎も帰ってこなかった。それでも私が生きているのは、この命に価値を見出したいからかもしれないね。こうやって、私がソルトのために力を貸すことが出来る。そして、ソルトが雪の国に帰って、多くの人を助けてくれるのだから、私は多くの人の生きる手助けが出来たということじゃないのかえ?ソルトも同じじゃよ。ソルトが一人の命を救う。白の石の力や、医学院を開放することで一人の命を救う。命を救うに至らなくても、一つの言葉をかける。一つの善行を行う。その一つが、大きな波紋となり、大きな力となり、命を救い、人を助ける。そういうことなのじゃないのかえ?」

ソルトは布団の中から、吉枝の背中を見つめた。


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