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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の謝罪(3)

 悠真はこれからどうすればよいのか、皆目検討がつかなかった。無力な田舎者の小猿は、泣き喚くだけで何の力も持っていない。義藤の色は今にも消えそうであった。

「義藤」

悠真は義藤の名を呼ぶことしか出来なかった。そんな時、悠真の世界は赤に満たされた。赤を見ると、悠真は先ほどの、赤の叫びを思い出すのだ。義藤を助けたいと、叫ぶ赤の声が、今でも耳に残っている。

――義藤。

赤は狭い箱の中に現れると、そっと膝を折り義藤の頬に触れた。

――義藤、何も案ずるな。

赤は微笑むと、そっと義藤に語りかけた。

――忠藤は母に似ておるが、義藤は父に似ておる。双子でも異なるものじゃな。案ずるな。紅がそちを見捨てることはない。案ずるな。わらわが、そちを死なせたりせぬ。

悠真は赤の横顔を見つめていた。なぜ、赤が義藤にこだわるのか悠真には分からない。赤が色神でない吉藤にこだわることは分からなかった。義藤に赤の姿は見えていないらしく、義藤の目は空虚に空を見つめ続けるだけだ。

「赤」

悠真は赤の名を呼んだが、赤は悠真に目もくれず義藤を見つめていた。

――義藤、すまぬ。わらわが下らぬ小猿に興味を示したために、そちを傷つけることになってしまった。案ずるな。紅がそちを助けに来る。わらわも義藤を見捨てたりせぬ。

赤が悠真を否定しそのまま消えた。これまで赤は悠真を気にかけてくれていた。悠真に「染まれ」といいながら、様々なことを教えてくれていた。しかし、今、悠真は赤に見捨てられた。赤が義藤に謝罪した理由は、赤が悠真に気をかけたため義藤が傷を負ったから。そう気づいたとき、悠真は赤の言葉を思い出した。

(小猿を守る理由はない)

悠真が赤の利とならない限り、赤が悠真に助力する必要はない。赤は彼女自身の色のために紅を守り、悠真に手助けをしているだけなのだから。けれども、赤が義藤を気に掛けるのは、紅のためだけでないように思えたのだ。赤は紅のためという理由でなく、義藤を思っているように感じるのだ。だから、こうやって姿を見せる。



 悠真は赤に見捨てられてしまった。その理由は明らかだ。あの時、義藤が四人の敵と戦ったとき、赤は悠真に色を貸してくれようとしてくれた。だから悠真は、紅の石を使えるはずだったのだ。赤が色を貸してくれて、悠真が赤になれば、悠真は惣次の石を使えた。義藤が傷つく必要もなかった。悠真が義藤が傷つく理由を作り、悠真が赤の力を使えなかったから義藤は傷ついた。つまり、すべて悠真の責任なのだ。

 なぜ、悠真は赤の力を使うことが出来なかったのか。何に赤は拒絶されたのか。悠真は自分がどんな状況にあるのか分からなかった。何も分からず、赤に見放され、悠真はどうすれば分からなかった。都のことも、官府のことも何も分からない。政治とか、外交とか、術士とか、田舎者の悠真は何も分からない。けれども、この状況で義藤に助けを求めることは間違っている。

「ただ……」

悠真が義藤の顔を見ていると、義藤が小さく口を動かして何かを呟いた。義藤の意識は朦朧としているのか、義藤の目は空を見ている。

「ただ?」

悠真は義藤が何を話そうとしているのか、義藤の白い唇に耳を寄せた。義藤は空を見つめたまま、独り言のように続けた。

「忠藤……」

義藤は死んだ兄を呼んでいたのだ。義藤の兄「忠藤」は死んでいるのに、義藤の目には死んだ忠藤の姿が見えているようであった。

「忠藤。どうしてここにいるんだ?俺を許してくれるのか?十年前、母を受け入れた忠藤を否定した俺を。あの時、忠藤は何かを言おうとしていたのに、あの時俺は忠藤の力になれたかもしれないのに。俺が忠藤を見捨てたようなものなのに。忠藤。すまなかった。本当に、すまなかった」

義藤は空を見たまま続けた。

「許してくれるのか。ありがとう、許してくれるのか。ありがとう」

空を凝視した義藤の口元は微かに笑っていた。義藤の目には、何かが確かに見えているのだ。

「それより、今まで、何していたんだよ。十年も、何をしていたんだよ。今頃姿見せて……」

そう言うと、義藤は何もない空に血で赤く汚れた手を伸ばした。悠真はいたたまれなくて、その手を取りたかったが、両手足を縛られた芋虫のような悠真は何も出来ない。

「紅は無事なのか?そうか、良かった。紅は無事なんだな。良かった」

義藤が何を見ているのか分からない。悠真は何かを見ている義藤の姿を見ていることが辛かった。

「俺は大丈夫だから、忠藤は紅の近くにいろよ。俺は……俺は大丈夫だから」

大丈夫でない。悠真は思った。義藤は少しも大丈夫でない。濃厚な血の匂いが、震える白い唇が、少しも大丈夫でないことを示していた。しかし、義藤は大丈夫だという。それは、義藤が強いからだ。

「覚えているか?昔の約束を。忠藤と俺の二人で、あの子を守るって。そんな約束。俺が大丈夫だから、俺を気にかけるな。俺を……」

義藤が笑うと、上げていた義藤の手は糸が切れたように地に落ちた。まるで、張り詰めていた糸が切れたようだった。


 義藤は深く息を吐き、ゆっくりと目を閉じた。義藤は息をしている。大丈夫。悠真は覚悟を決めた。悠真に覚悟を決めさせたのは、義藤の姿だった。義藤の態度が、義藤の言葉が、義藤の覚悟が、悠真に覚悟を決めさせた。義藤の心を悠真は垣間見たような気がしたのだ。義藤は優しい人だ。そして、強がっているだけなのだ。ここまで来たのは、悠真の意志。決意。下がれない。義藤を助け、紅の命を狙う正体を突き止め、村を壊滅に追い込み、祖父と惣次を殺した犯人を突き止めるまで、悠真は逃げない。



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