白が決める覚悟(5)
五歳になると、それなりの知識を得る。ポツリ、ポツリと見知った顔が減っていったが、そのことに対しても疑問を抱いたりしなかった。
決まった時間に呼ばれる日が続くかと思えば、何もない日も続く。
呼ばれると、実験が行われる。当時、ソルトに行われていたのは、投薬実験だった。投薬実験が行われると、白の大部屋に戻されることはない。個室に隔離されて、カメラの向こうで経過を観察される。心電図がつけられる。排泄物も検査され、プライバシーも何も関係ない。定期的に血を抜かれるから、ソルトの腕はあざだらけとなった。何の薬か分からない。ソルトはひどい吐き気と下痢に襲われて、髪が抜け落ちた。熱に魘され、ソルトの世界は回っていた。ベッドから身動きが取れないソルトの血を抜きに、毎日研究者たちが訪れる。腕の血管から血が取れなくて、足の甲から取られる。もう、痛みも感じなかった。二人の研究者が会話をしながら血を取っていく。
「やはり、AGR薬はリスクが高いようだな。連続して二十二人が命を落とした。もう、こいつも終わりだ。血尿が続いている。腎機能が低下しているんだろう。白血球数も高いし、CRPも上昇している。ALBも低下しているな」
研究者の一人がソルトの血を抜きながら、言った。そうか、ここで死ぬのか。とソルトは覚悟を決めた。
「それで、あいつは大人しくなったのか?アグノとか言ったか?」
言って、二人の研究者はげらげらと笑った。
「この、AGR薬に反対した下っ端だな。すでに、薬の危険性は証明されているとか言って。教授が開発した薬だ。たった、二十人の犠牲者で、教授を否定することなどできないのに、面と向かって否定するのだから愚かな男だ」
「実験体に感情移入するなんて、愚か者でしかない。こいつらは、実験体として生まれたのだから」
ソルトのぼんやりとした意識の中で会話は続けられる。
「それで、この被験者に白の石は適用されるのか?」
「適用されても助かるかは分からないぞ。犠牲者が二十二人だろ。白の石でも救えなかった命だ。このAGR薬を投与されたのは、百五十人。白の石を使って命を繋いだ者もいるが、助からない者もいる。――そもそも、不思議なもんだよ。こんな奴らに白の石を使う必要なんてあるのか?実験体として生まれて、それ以上の価値なんてない奴らが、高価な白の石を使うなんて馬鹿げている」
「だが、白の石を使っているから、医学院は正当化される。どれほど命が失おうとも、白の石を使うという口実があればそれは人道的な行為になるんだ」
ソルトは理解した。己は世界から否定されたのだ。幼くても分かる。無知でも分かる。
「おっと、教授から連絡だ。この実験体には、明日白の石が適用される」
「教授もうまいな。明日まで命を繋ぐことは出来ない。白の石の節約だな」
「白の石で命を救うから、人道的で、彼らも望んで実験体となっている。なんて、うまい口実なもんだ。結局は、限られた白の石。ぎりぎりまで使わないから、命を落とすものが多いのに。生き残ったとしても、代償を支払いすぎて人間として役立たずになるというのに」
早く、この苦しみから逃れたくてソルトは終わりを待った。確かなこと。それはソルトに未来がないということだ。存在価値がないということだ。世界から見捨てられたソルトに、何を求めることが出来ようか。
わずか五歳。
知恵おくれの子が多い中、ソルトが聡明なのは、生まれてすぐに受けた脳の手術のためだろうか。聡明だからこそ、ソルトは世界に絶望した。
二人の研究者がソルトの血を抜き取ってガラス戸の外へ出たのち、ソルトはじっと白い天井を見上げた。
――早く終わればいいのに
そんなことを思いながら、ソルトは眠りに落ちた。これが最後の眠りになることを願いながら。