白が決める覚悟(3)
黒の色神は、黒の石を生み出し、黒の石は異形の者を生み出す。不死の異形は戦争で使われ、人の命を奪う。黒と対照的な色が白だ。白の色神が生み出す白の石は、命を救う色だ。いかなる傷や病も癒すことが出来る。
白の色神はその色の力のために、強大な力を持つ。だから、他者と疎遠になるのだ。誰もがソルトに取り入り、その色の力の恩恵を受けようとするのだから。雪の国でソルトに近づく者は皆、ソルトでなくソルトの生み出す白の石が目当てなのだ。
きっと、吉枝は違う。ソルトが白の石を差し出したとき、吉枝は受け取りを拒否したのだから。それはソルトにとって信じられないことだ。
「吉枝さんは、白の石が欲しくないの?」
誰もが欲する白の石。ソルトの価値は白の石だ。
「そうだね、白の石の力はとても大きな力なんだろうね。でも、私には関係の無い石だよ。もう、家族はいないし、私も年老いて十分生きたし、自らに使う必要はないし、私には術士の才覚が無いから白の石は使うことが出来ないからね。――でも、そうだね。私に白の石を使う力があって、ここに白の石があったのなら……明日、ソルトや冬彦が傷つくようなことがあったのなら、助けたいね。大切な者が傷つけば、誰もが救いたいと願う。当然のことじゃ」
吉枝の言葉は温かい。この古びた屋敷には多くの人の命の営みが残されている。ソルトはどうだろうか。色神となった今は、冬彦や吉枝が気に掛けてくれる。でも、医学院で育ったころは、ソルトは何も持っていなかった。名前も、存在価値も、喜びも、楽しみも、未来も持っていなかった。ソルトは願っていた。冬彦が吉枝が、ソルトが白の石を持っていなくても、ソルトの仲間になってくれることを。
「ソルトは紅様と同じ。私は、とても罰当たりなことをしているのかもしれないね。色神様が、とても近くにいるのだから」
吉枝もソルトを白の色神だと思っている。当然だ。ソルトが自らの身分を明かしたのだから。吉枝はソルトに対してどのような考えを抱いているのか。それを思うと不安になる。
「止めて」
ソルトは言った。色神だと思わないで欲しい。色神としての価値をはぎ取れば、何も残らないなんて思わないで欲しい。見捨てないで欲しい。裏切らないで欲しい。
「どうしたんだい?」
吉枝が優しく問い返す。
「もし、私が白の色神じゃなかったら、どうなるの?冬彦は、吉枝さんは私と一緒にいてくれるの?」
そっと、布の擦れる音がしたかと思うと、吉枝の手がソルトの額に乗せられた。
「もちろん。私は色神様について何も知らないよ。今は、ソルトと出会って、何となく分かるけれどね。これまでは、触れることのできない実態のない神だと思っていたくらいだよ。色神様は、ここに存在する。私のような者でも触れることが出来て、言葉を発する。まるで、普通の人のようじゃないかい?命を狙われるということは、斬られれば傷つくし、命も失う。色神様とは何なのか。私には分からないよ。どのようにして、色神様は誕生し、どのようにして生活しているのか、色神様は神秘の存在だからね。でも分かる。こうやって、色神様は生きている。こうやって、生きている。とても愛おしいよ」
苦労の後がある吉枝の手。とても温かい。
ソルトはゆっくりと身を起こした。月明かりに照らされて、吉枝の輪郭がぼんやりと浮かび上がっている。
「吉枝さん、聞いて欲しいの。――雪の国には、医学院があって、私はそこで生まれたの。きっと、色神になっていなければ、私は今頃死んでいたわ」
こんなこと、誰かに話すことではない。ソルトの中で抑え込むべきことだ。けれども、ソルトの中で抑え込んできた理不尽は、今にも溢れ出しそうになっているのだ。溢れ出した理不尽は、ソルトの心を蝕むのだ。