白が決める覚悟(1)
夜が更け、ソルトは吉枝の家にいた。体は温まり、ソルトは布団の上に体を起こしていた。紙で作られたランプの中に火が灯されている。ゆらゆらと揺れる火の明かりは、揺らめきながら部屋の中を照らしている。ここは火の国。赤い色がとてもよく似合う。
明日、ソルトは官府へ行く。官府とは、火の国において赤の色神紅と同等の権力を持ち、実際に国を動かしている機関だ。雪の国にとっての医学院のようなものかもしれない。
「ソルト、入るぞ」
冬彦の声が響き、障子が開いた。そこにいるのは、寝間着に着替えた冬彦であった。腰を角帯で結び、照れたように頭を掻いていた。
「どうしたの?」
ソルトが冬彦を見上げると、冬彦は上を見上げていた。まるで、ソルトから目を背けているようだった。
「あのさ、俺は隣の部屋にいるから。吉枝ばあちゃんが、この部屋で休むってさ」
冬彦はボリボリと頭を掻いていた。
「そうなの」
ソルトはまっすぐに壁を見た。火の国の建物は、田の字作りになっている。もちろん、吉枝の家も外廊下と障子で部屋どうしがつながっている。こんな簡単な作りでは、雪の国の冬は越せないが、火の国の冬は越せるのだろう。冬よりも夏に向けて作られた建物のように思える。
「何かあったら、呼んでくれ」
冬彦は言うと、障子を閉めて出て行った。
冬彦が何を思ってここに足を運んだのか分からない。だが、冬彦の顔を見ることが出来て、ソルトは安堵したのだ。ソルトは部屋の隅にある灯りをじっと見つめた。視力の悪いソルトの目には火の赤い光が円い光の玉のように見える。赤い色は心を温める。白の色神のソルトが思うのは間違っているかもしれないが、赤はとても温かい色だ。赤い光の玉はそこにある。赤い色はとても温かい。
布団の温もり、夏が近づく虫の囀り、ソルトの体は温もったから火鉢から火は消されていた。それでも、温かく感じるのはこの部屋に赤が満ちているからかもしれない。
ソルトは白の色神。なのに、赤を感じる。
――ソルト
遠くで白の声が響いた。白には申し訳ないと思う。白の色神であるソルトが、白を冷たい色に感じるのだ。以前のように白への憎しみは消えても、それでも白に心を許すことが出来ない。
白を思うと、冷たい医学院を思い出すのだ。白で覆われた部屋。白い服。白いベッド、に白い医師たち。白を思うと、医学院を思い出す。顔見知りの子供は皆実験体。親しくなった頃には、命を落としてしまう。悲しまないためには、医学院で生きるためには心を捨てるしかない。諦めるしかないのだ。ソルトはそれが嫌だった。なのに、白を思うと医学院を思い出す。