赤の謝罪(2)
どうして、こんなことになったのだろう。全ては紅たちの忠告を無視したための結果だ。野江は悠真が紅城へ足を運ぶことに反対していた。それを押し切ったのは悠真だ。紅は悠真が義藤と一緒に行くことに反対していた。それを押し切ったのも悠真だ。全て、悠真自身の意思で判断し、悠真の責任で決断した。全ての責任は悠真にある。この状況を作り出したのは悠真だ。
――復讐するため
その言葉で、悠真は忠告を無視し、結果、悠真を守るために、義藤は倒れた。自業自得と言えば容易い。けれども、そんな言葉では片付けられないほどの罪が悠真にはあった。泣きたいほど辛くて、自分の感情を抑えられなかった。
「義藤……」
何度その名を呼んだだろう。自分の感情を整理するため、自分を奮い立たせるため、ひたすらに義藤の名を呼んだ。義藤の第一印象は最悪だった。けれども今は違う。義藤は紅を守るため強さを願い、その才能に甘んじることなく努力を続けた存在なのだ。一直線に、愚直に、義藤は生きていたのだ。その一直線さを恐ろしく感じたのは昼のこと。その抜き身の刃のような顔を嫌ったのは昼のこと。その一直線さを尊敬したのは強い決意を聞いた後。その抜き身の刃のような、作り物のような顔に親しみを覚えたのは悠真を気遣って話しかけてくれた時。佐久は言っていた。悠真と義藤はきっと仲良くなれると。その時、悠真が義藤の優しさに気づかなかったのは、悠真があまりに子供だからだ。
悠真を守ろうとしてくれた義藤。村が滅びたことに頭を下げてくれた義藤。野江たちを優れた人だと称した義藤。彼は憎むべき人でない。抜き身の刃のようで、それでいて優しく温かい。それが、義藤。そんな義藤が命を失うことが恐ろしかった。
「義藤」
悠真は義藤にすがった。両手と両足を縛られ、芋虫のように這いずり回っても、義藤から離れたくなかった。彼は死んで良い人ではない。紅が信頼しているから。赤の仲間が必要としているから。そして、悠真の友となってくれるはずだから。その思いはあるのに、無力な悠真は何も出来ないのだ。
「……落ち着け」
搾り出すような声が悠真の胸に響いた。その声は苦しみも含んでいなければ、後悔も含んでいなかった。ただ、優しく、ただ穏やかだった。
「義藤!」
悠真は義藤を見た。暗がりの中で義藤の目は開いていた。額には汗が浮かび、暗い中でも分かるほど義藤の顔色は悪い。白い唇が小さく震え、言葉を刻んだ。
「……落ち着け。仲間を信じろ」
義藤は小さく笑った。分からなかった。どうして、こんな状況で他人のことを心配できるのか。その笑顔が辛くて、痛くて、悠真はどうすれば良いのか分からず、誰でも良いから助けて欲しかった。悠真は自分でも驚くほど幼稚で、自分でも驚くほど無力だったのだ。
「ごめん、ごめん、義藤」
悠真は言った。自然と涙がこぼれた。
「大丈夫だ、自分を信じろ。お前は強い」
義藤は小さな笑顔を浮かべていた。悠真を安心させるように、落ち着かせるように、笑ったその顔は悠真を追い込んだ。悠真の罪は明らかなのに、それを義藤が否定してくれているから。
悠真は何度も、何度も謝罪した。謝罪したところで、義藤に届くか分からない。それに、謝罪しなくても、義藤は許してくれるはずなのだ。義藤とはそういう人だから。つまり、悠真は自分の心を許すために謝罪を続けているのだ。ふと、悠真の頭を何かが撫でた。慌てて顔を上げれば、義藤の冷たくなった手が悠真の頭を撫でていた。
「怪我は無いか?」
小さく吐き出したその言葉が、悠真をさらに追い込んだ。怪我をしているのは義藤の方で、義藤は悠真を守ったのだ。
「なんで、そんな心配するんだよ。義藤の方が……」
悠真が言うと、義藤はそっと悠真の頭を叩いた。
「術士が人を守れぬとなれば、紅の顔に泥を塗ることになるだろ」
弱く、咳き込みながら言う義藤の顔を悠真が覗きこむと、その目は柔らかく優しかった。当然のように悠真を気遣い、当然のように悠真を守る。義藤の言葉に悠真は涙が止まらなかった。