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一色  作者: 相原ミヤ
火の国の夏に降る雪
537/785

赤い免罪符(9)

悠真を含め、誰もが野江の言葉に耳を傾けていた。

「柴や遠爺は知っていることだけれども、あたくしの名前は野江。あたくしは、苗字を持つ者よ。本当の名は、鳳上院野江と言うわ」

悠真は思わず野江を見た。鳳上院家は、火の国の民で知らない者はいないだろう。鳳上院家は火の国の中で最も大きな家だ。数多くの事業を手掛け、名家と言えば誰もが鳳上院家を上げる。一角では、王のように扱われているという。その鳳上院家の人が悠真の目の前にいる。野江の品の良さを思えば、納得がいくが、にわかには信じがたい。

「あたくしは、鳳上院家に囚われていたようなものよ。あたくしには、五人の兄がいるわ。あたくしは鳳上院家の直系の末娘。あたくしが生まれて、女であったことに父は喜んだわ。あたくしという存在が、家の役に立つからよ。あたくしが二歳のころから、縁談は進められたわ。父は、家のために良縁を結ぶことが、あたくしの存在価値だと、繰り返し言ったわ。あたくしは、父の大切な人形。じっと座って、美しくなくてはならなかったのよ。広い屋敷で、あたくしの味方は二人だけ。鶴巳と、五番目の兄だけ。五番目の兄は、妾の子だから、異質な存在として扱われていたわ。鶴巳は、あたくしの家の下働き。鶴巳という名が気に入らなかった大兄が、鶴蔵と名付けてあたくしの家で働いていたの。五番目の兄は、家を追放されたわ。気にらなかったのでしょうね。でも、兄は約束してくれたわ。あたくしを助けに来ると。結局、あたくしを助けに来てくれたのは、柴、あなただったわ。――あたくしが抱えているものなんて、その程度のものよ。誰もが羨む名家に生まれ、玉のように大切に育てられた。何が不満なのかと、言われるかもしれないけれども、あたくしは、昔に戻ることを恐れているの。一歩も外に出ず、部屋の中に閉じ込められて、望まない縁談をまつ。今でも夢を見るわ。あの部屋に閉じ込められる夢をね」

野江の過去がいかなるものなのか、野江がどのように生き来たのか、悠真には分からない。悠真は野江と反対の生活を送っていたのだから。貧しくて自由な生活を送っていたのだから。

「あの時まで、あたくしは世界に絶望していたわ。柴が迎えに来てくれて、あたくしは生きる道を見つけたのよ。あたくしは、鳳上院家と離れたいのよ。今でも、兄たちが陽緋となった、あたくしを利用しようとするのではないかと不安に駆られるほどなのですから」

柴がゆっくりと口を開いた。

「なぜ、今更そのようなことを話す?野江が鳳上院家の末娘であることは、陽緋として戦うことと何の関係もない。言葉で伝えれば、何が野江を苦しめるのか伝わらないだろう。人は他人の痛みに鈍感なのだから。それでも、俺は分かる。あの時の野江に出会ったのだから。野江の幼少期は言葉で伝えるには生易しい。そんなことで、なぜ苦しむのかと他者に蔑まれるだけだ。だから野江は口を閉ざしていたんじゃないのか?鳳上院家の生まれであることを隠すと同時に、忌まわしき過去も封印していたんじゃないのか?」

「聞いてもらいたいだけよ。あたくしの弱さも何もかも、知ってほしいのよ」

野江の目は強い。悠真が初めて出会った時と同じだ。これが、歴代最強の陽緋と言われる強さなのかもしれない。

「これで、あたくしの弱さは皆の知るところとなったわ。これで、あたくしが不安を覚えることは何もないわ」

誰も何も言えなかった。なぜ、過去を語ることで不安が消えるのか悠真は分からない。分からないが、紅が何ともいえない顔をしていたのは事実だ。

「俺にも口を開けと?」

柴が野江を見た。


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