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一色  作者: 相原ミヤ
火の国の夏に降る雪
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赤い免罪符(8)

「野江」と呼んだ柴の声にはっとした表情で野江は目を見開いた。作り物のように美しい野江が急に生き物になった。

「どうかしたのかしら、柴」

野江が口を開いた。

「野江、何を揺らいでいる?一色が乱れているぞ」

柴の声が大きく広がりを持って部屋に響いた。

「何もなくてよ」

野江が平然と答え、そして続けた。

「今日は、忘れられない一日でしてよ。あたくしは、とても強い術士に出会ったのよ。不意打ちとはいえ、あたくしは敗れたわ。それは、とても悔しいものね。あたくしは、術士として生きる道を選ぶことで自由になれたわ。だから、敗れることは出来ないの。術士として無力になった途端、あたくは……」

「野江!」

強い声を出して野江の言葉を遮ったのは柴だった。

「二十年前、お前を迎えに行ったときに、俺は言ったよな。過去があるから未来がある。過去を含めて人は出来る。これから始まるのだと。引きずるな。野江の苦悩を知らない柴と思っていたか?野江の弱さに気付かない柴と思っていたか?誰も野江を不要となんてしない。野江は野江で良いんだ」

柴にしか分からないことがここにある。柴は先代の時代から術士として生きている。そして野江も同じだ。これは、先代の時代の話だ。紅でさえ知らない。この言葉の意味を知っているのは、難しい表情をしている遠次くらいだろう。

「柴、なにか勘違いをしているのではないのかしら?」

野江は平然と口にした。

「あたくしに、引きずるような過去はなくてよ。引きずっていたのは、あたくしの弱さのせい。あたくしは今日敗れて分かったのよ。あたくしは、術士。あの時、柴の手を取ったときから、あたくしは人形でなくなったの。――それでもね、心の隙間に風は吹きこむものよ。それが、柴の言う、あたくしの弱さというものなのでしょうね。どれほど、無駄だと分かっていても、あたくしは術の力を失うことを恐れているの。命を失うことよりも、この紅城での存在価値を失うことを恐れているのよ。今回、敗れたことは、あたくしの不安を駆りたてるものでしかないわ。あたくしは敗れた。敗れたのは、きっと、あたくしが弱いからね。あたくしは、頭で理解していても恐れていたの。義藤に抜かされることを、紅の役に立たないことを、恐れていたのよ。度重なる戦いで、あたくしはいつも蚊帳の外。そんな不安があるから、あたくしは敗れたの」

空気が変わった。色が変わったのだ。誰の色が変わったのか、何がどのように変わったのか、詳細は悠真には分からない。だが、きっと柴や色神の紅、クロウは分かるはずだ。

「野江、何も恐れる必要などないというのに」

紅の言葉に野江は微笑みで返した。

「どれほど言われても、その度に納得しても、あたくしの心には隙間があるのよ。弱さがあるのよ。柴の言うとおり、過去を隠して生きていけるのかもしれないわ。きっと、誰も過去を詮索しないのですから。優しい紅は、あたくしの弱さを含めて、あたくしという存在を受け入れてくれるのでしょうね。――でも、あたくしはもっと強くなりたいのよ。だから、聞いてもらえないかしら。あたくしの弱さを。これから、あたくしが新たな敵と戦っていくために」

さらに空気が変わった。


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