赤い免罪符(2)
そこでは、都の人々の息遣いが感じられた。露店を片付ける人々。家路を目指す商人。行商人は汗を拭きながら先を急いでいる。煮炊きをする人、荷物を抱える旅人、ここで人々は生きている。襲撃される団子屋、官府、そして宿屋。度重なる襲撃で混乱しているとはいえ、都の人々の落ち着きは流石だ。
舞風の蹄の音が響く。役所に近づくにつれて、紅城の壮大さが見える。戸の閉まった役所の前に柴が舞風を歩ませると、戸の前に村瀬が立っていた。彼は姿勢よく立ち、柴の姿を見ると深く頭を下げた。
「待っていてくれたのか?」
柴が苦笑しながら尋ねると、村瀬は答えた。
「仕事が終わり、戸を閉めたので。あと少し待ったら、帰ろうと思っておりました」
村瀬は柴に一歩も引けを取らない言い回しをする。柴は舞風の背に乗ったまま尋ねた。
「それで、浅間五郎はどうなった?」
柴の問いに村瀬は小さな声で答えた。
「浅間五郎という人物は実在しました。ですが、浅間五郎は改名しておりますね。生まれたときは、異なる名でございます」
「改名?」
柴が急かすように問い返すと、村瀬は答えた。
「はい。一般的に改名は認められていません。しかし、特定の権力を持つものならば、役人を買収するなり、正当な方法で官吏に言うなりして可能なことでしょうね。浅間五郎は苗字を変えています。当時の浅間五郎で改名する力はないでしょう。改名したのは、浅間五郎の家族でしょうね」
村瀬の何かを隠すような答え方に悠真は不信感を抱いた。もしかすると、浅間五郎の正体を知ることは、良いことでないのかもしれない。
「それで、浅間五郎の真の名とは?」
柴の問いに、村瀬は折りたたんだ紙を差し出した。
「これを、どのように使うのかは柴殿にお任せします。ただ、一つ確かなことがあります。名を変えるということは、相応の理由と権力が必要です。あなたのように、戸籍の無い者に戸籍を与える。それは、紅様の力があってのこと。浅間五郎には何の力があったのか。それは、彼の真の名を知れば分かることでしょう。――私は、この件に関わりたくありませんね。それだけです」
柴は怪訝そうに、紙を開いた。そして、柴の体がこわばるのを、一緒に舞風にまたがる悠真は感じた。しかし、その紙に何と書かれてあるのか、柴の大きな体が遮って悠真には分からない。
ただ、良くないことが書いてあることは事実だ。
「――そうか……。すべては二十年前から始まっていたんだな」
柴が低く言った。
「こりゃあ、先代が俺たちに隠す理由も納得できるもんだ」
柴は言うと、紙を折りたたみ懐に入れた。先代の紅が「浅間五郎」について隠していた理由。それが、浅間五郎の正体に関係するのなら、それは一般人が知ることが許されないような秘密だ。悠真には邪推な好奇心があったが、秘密を隠そうとする柴の強さに押されて、何も言えなくなってしまうのだ。