赤の謝罪(1)
振動が身体に響く。馬の足音も聞こえるのに、辺りは暗い。敵に捕らわれ、どうなってしまったのか。悠真は現状を把握しようと目を開いたが、辺りは闇が深く何も見えない。
「義藤」
悠真は目を開いた。今の状況がつかめなかった。それでも義藤の名を開口一番に口にしたのは、贖罪の念によるものだ。両手を後ろに縛られ、足も自由が利かない。もがきながら身体を起こすと、暗闇になれた悠真の目は力なく倒れた義藤の姿をとらえた。義藤の傷は乱暴に縛られ、手当を受けているようだったが、きちんとした手当てでない。少しの間、命を繋ぎとめるための手当てだ。
「義藤」
悠真は義藤の名を呼んだ。しかし、義藤は動かない。
「義藤」
近くで見ると、かすかに義藤の胸が動いていた。何とか生きている。そういう状態だ。
悠真は義藤が生きていることに胸をなでおろした。同時に悠真の目に涙が浮かんだ。どうして、義藤を残してくれなかったのか。生きていれば、紅城で紅たちが助けてくれるはずだ。きっと紅たちは流の国から白の石を輸入しているはずだから、白の石で義藤を助けてくれるはずだ。なのに義藤はここにいる。ここにいる限り、義藤は助からない。
悠真は記憶をたどった。悠真と義藤は敵の手の中にある。悠真と義藤は木造の箱のような部屋に入れられ、隙間から外を見ると、舗装されていない道を動いている。馬に引かせているのだ。この先、悠真と倒れた義藤に待っているのは絶望だけだ。
「なあ、千夏、秋幸。本当にあれは紅なのか?」
声が響き、悠真は壁に耳をくっつけた。それは、敵の声。長と思われる男の声だろう。千夏、秋幸と言うから、それは残りの敵の名のはずだ。
「義藤が守るんだ。紅に違いないよ」
もう一つの声が響いた。それは、青の石を使った優男の声。
「それにしても、危なかったね。義藤の石が砕けなければ、負けていたでしょ。たった一人で、私たち四人の相手をするんだから。次に戦ったときは勝ち目がないだろうね。さすがとも言うべき力ね」
女の声も混じっていた。黒服の敵は、義藤が守る悠真を、紅だと勘違いしたのだ。紅の容姿は誰も知らない。だから、義藤が守るか否か。それが判断材料となる。義藤が身を呈して守った。だから、悠真は紅と勘違いされたのだ。長と思われる男が言った。
「義藤は噂以上の存在だ」
それに続けて、青の石を使った優男の声がした。
「それで、千夏。冬彦の様子は?」
一人の男が言った。それは、青の石を使った優男の声だ。声から若さが伝わってきた。
「秋幸、大丈夫よ。気を失っているけれど、すぐに元気になる。義藤は優しいから、殺したりしない」
唯一の女が言った。つまり、秋幸とは優男の名だ。ならば、女が千夏。悠真は敵を探った。冬彦の心配をするということは、黄の石を使った子供が冬彦だ。
「それにしても、秋幸、千夏。紅とは小猿みたいだったな。色神が小猿だったとは。無力で、きぃきぃと騒ぎ立てる。あれが紅だと知れば、民は愕然とするだろうな」
男が言い、小さく笑っていた。
「春市、紅の石は奪ったんだろ?」
秋幸と呼ばれた男が言った。若い声だ。
「問題ない、秋幸。暴れられてたまるか。それでも、あの状態で石を使わなかったんだ。使うつもりはないんだろうがな」
悠真は必死に辺りを探った。敵は四人。出てきた名前を整理すると、春市、千夏、秋幸、冬彦。まるで兄弟のような関係。悠真はもぞもぞと身体を動かし、義藤の近くへと移動した。黒服の敵に悟られないように小さな声で、それでも義藤の名を呼んだ。
「義藤、義藤」
悠真はどうして良いのか分からず、義藤の名を呼んだ。助けてもらいたいと思うのは間違っている。悠真が義藤を助けなくてはならない。それでも、悠真は誰かにすがりたかった。義藤の近くは濃厚な血の臭いが漂い、悠真は吐き気を覚えた。高貴で優美な赤がもつ、残虐な一面。
悠真が義藤を傷つけた。悠真が義藤を苦しめている。その罪から、悠真は義藤の名を呼び、謝るしかできなかった。