赤い夜の戦い(7)
この話より少し血生臭くなります。苦手な方はご注意ください。
敵は三人がかりで紅の石を使い義藤を狙っていた。義藤は急ごしらえの紅の石で応戦していた。しかし、義藤の持つ一色と紅の石の色に徐々に歪が生じ、義藤が一歩後ろに押されていた。
「小猿、伏せてろ」
義藤が振り返り言った。それでも悠真は動けない。諦めたのか、義藤は前に向きなおした。すると最後の力を振り絞るように義藤は力を強め、紅の石は合わない色を注がれて悲鳴を上げていた。色を失うまで残り時間は少ない。義藤が前に紅の石を押し出した。三人の敵が一歩後ろに下がったとき、義藤は相手の色に打ち勝ち同時に、紅の石は色を失った。
赤が消えた一瞬の間。
辺りは暗闇に戻った。しかし、三人の敵は同時に紅の石を使い、世界は再び赤に戻った。
何も出来ない悠真の身体を何かが強く突き飛ばした。衝撃が襲ったが、強い痛みは無い。目を開くと、赤い羽織の義藤が悠真を突き飛ばしていた。赤の刃は先ほどまで悠真がいたところを刺し抜き、三人の敵は同時に悠真に向かって駆け出した。
義藤は慌てて身体を起こしたが、直後、黒服の敵の刀に倒れた。肩口を刀で貫かれ、腹の辺りを横に切り裂かれた。それは悠真を守る盾となったためによるものだった。
――赤
――赤
――赤
目の前に赤が飛び散った。全ての生き物が持つ赤。義藤も例外なく赤を持っている。義藤の赤い血が、悠真の頬に飛び散った。
「義藤……」
悠真は絶句した。義藤は強い存在だ。その義藤が倒れることが想像できなかった。しかし、傷を負えば誰でも倒れる。
義藤は糸の切れた人形のように音も立てず床に倒れた。床に手を着く悠真の手に生温かく粘度のあるものが触れた。独特の臭い。嫌な臭い。
崩れ落ちる義藤を見ても、悠真は何も出来ない。全ての責任は悠真にある。悠真が一緒に来なければ、義藤は自分を守るためだけに戦えた。他人を守ることはとても難しいこと。悠真が来なければ、義藤は都南たちが援守に来るまで、持ちこたえることが出来たはずだ。悠真が来なければ、義藤が負けることは無かった。義藤を助けようと叫ぶ赤の姿が脳裏に浮かんだ。義藤の無事を願う紅の姿が脳裏に浮かんだ。都南の姿が、佐久の姿が、そして野江の姿が次々と悠真の脳裏に浮かんでは消えていくのだ。彼らは悠真に何と言うだろうか。未来ある実力者を悠真が殺したのだ。彼らに責められることよりも、強いが優しい義藤が死んでしまうことが辛かった。
紅を守りたい、と笑う義藤。
強くなりたいと都南と手合わせをする義藤。
悠真を気遣い話しかける義藤。
良い奴義藤。
赤が守りたいと叫んだ義藤。
そして、悠真を守るために盾となった義藤。
悠真は義藤に生きて欲しかった。もう一度、笑って欲しかった。一緒にいて欲しかった。
――力を……
悠真は願った。惣次の紅の石に助けを求めた。なのに、紅の石は反応しない。赤の姿は見えない。義藤は崩れ落ち、畳がはがれ、板の間が露になった床に血が流れ出していく。赤は美しい色。なのに、少しも美しいと思えない。赤い色は残酷で、恐ろしい色だ。
「義藤……」
悠真は何も出来なかった。ただ、義藤の名を呼ぶことしか出来なかった。
「義藤、義藤!」
悠真は這って義藤に近づくと、彼にすがった。全てが嘘であって欲しかった。悠真の胸から様々な感情が込み上げた。男が泣くのは情けない。祖父は言っていたが、悠真の涙は止まらなかった。抜き身の刃のようで、とても優しい義藤。義藤が負けたのは、悠真のため。その現実が辛かった。
「義藤!」
悠真は叫んだ。義藤が目覚めることを願って叫んだ。誰かに助けを求めた。嵐の夜、に助けを求めたのと同じこと。悠真は助けて欲しかった。それは、自分の命を助けて欲しいのではなく、義藤の命を助けて欲しかった。きっと、田舎者の小猿の悠真より義藤の方が火の国に必要とされていると思うから。この火の国の平和を守るには、悠真が愛した故郷の数少ない生き残りの人たちを守れるのは、悠真でなく義藤だから。
「逃げるぞ」
黒服の敵が言った。一人が倒れた仲間を抱え、一人が悠真を義藤から引き離し、力無い義藤を抱えた。そして一人は悠真を捕らえた。
「離せよ!」
悠真は身をよじらせた。悠真は特別に訓練を受けたわけでない。義藤と互角以上にに戦った敵に悠真が敵うはずが無く、悠真は懐に拳を叩き込まれ意識を失った。
――義藤……
意識を手放すその瞬間まで、悠真は義藤を思った。