緋色の脱獄者(8)
「野江」
跳ねるような鶴巳の声に野江は、はっと顔を上げた。
「これは、紅の石でございやすか?」
鶴巳が駆けより差し出した色が、野江の心を温めた。鶴巳の手の中にある赤色。それは、間違いなく紅の石であった。
「紅の石よ」
鶴巳は動く左手で紅の石を受け取った。この石が加工されていては何の役にも立たない。この石が先代以前の紅が生み出した石であれば、紅が追跡をすることも出来ないから、以前秋幸が行ったような無茶は通じない。ここに残されているという時点で、持ち主不明の加工された紅の石の可能性が高い。それでも、手の中にある赤色は、野江の心を奮い立たせた。まるで、ここに紅がいるような気がしたのだ。
「先へ行きましょう」
野江は紅の石を強く握りしめて鶴巳に言った。手の中から伝わる赤い色。その色を野江は知っているような気がしたのだ。
野江は柴のように一色を見ることに長けていない。一色を見ることに長けていれば、陽緋でなく加工師となっていた。それでも、この石の発する色に覚えがあった。加工されていることは間違いないだろう。野江の知っている一色に合わせて、加工されているのだ。
何がどうなっているのか分からない。分からないからこそ、そこに深い闇が広がっているように思えた。闇の沼に足を取られそうになるのを、野江は必死に足を奮い立たせた。
「大丈夫、大丈夫よ」
野江は言った。きっとそれは、自分自身に向けた言葉だ。