緋色の脱獄者(6)
影の国の実態がつかめない。影の国の狙いは分かっても、影の国がここにいる理由が分からない。第一、敵は強い。敵の強さを知るからこそ、野江は底知れぬ不安の中にいるのだ。
「野江、見て」
鶴巳が足を止めて、洞窟の中に作りつけられた棚を差した。
「からくりでございやす。珍しい。二十年ほど前のからくりでございやす。あっしが、野江と一緒に紅城へ足を運んだ頃につくられていた、有名なからくりでございやす」
野江は鶴巳の横顔を見た。鶴巳のからくりに対する知識は本物だ。間違いなく、火の国で鶴巳以上にからくりについて詳しい者はいない。ならば、この洞窟に二十年前のからくりがあるのは間違いない。
――二十年前
それほど昔から、この洞窟は使われているということなのかもしれない。そもそも、野江は二十年前の時代に特別な思いがあった。野江が柴に連れられて紅城へ足を運んだのが二十年前。野江の人生が変わった年だ。
「鶴巳、石が無いか見てくれないかしら?」
野江は鶴巳に言った。からくりは、紅の石を使ってこそ意味がある。からくりがあるということは、ここに紅の石があるということだ。火の国は紅の石に対して、加工の技術を生み出している。術士の一色に合わせて加工された紅の石は、持ち主の術士以外使用することが出来ない代わりに、倍以上の強い力を引き出すのだ。優れた加工師が加工すれば、引き出される力は大きい。紅の石は、例外なく加工されて術士に渡されるのは、紅の石の悪用を防ぐためでもある。
紅の石の大半が加工される。しかし、加工されていない紅の石であっても使用することが出来る。発揮される力は弱まるが、他の石同様、誰であっても使用することが出来るのだ。隠れて生きる者に紅の石は支給されない。誰であっても使用することが出来る紅の石が必要であり、そもそも加工という技術が出来る者は少ないのだから。
「紅の石でございやすか?」
鶴巳は一度、野江の肩を叩きゆっくりと離れていく。倒れそうな野江を支えてくれたのは、片足を引きずるアグノであった。
「いえ、紅の石じゃなくても、他の色でも良いの。少しでも、戦う力が必要なの」
戦わなくてはならない。野江は命尽きるまで、戦い続けるのだ。
「分かりやした」
鶴巳は棚の周囲を探り始めた。その様子を見たアグノが言った。
「今は、一刻も早い脱出を優先するべきではありませんか?」
アグノの言うことは最もだ。ここに石があるという保証はない。石があるという保証がないのに、石を探すことは間違っているのかもしれない。いつ、敵が戻ってくるのか分からない。見つかれば、間違いなく殺されるだろう。第一、石は貴重な物だ。容易く見つかる場所に保管するはずがない。