緋色の脱獄者(2)
からくり師である鶴巳に手先の器用さでは右に並ぶ者はいない。目が痛くなるような小さな部品を組み合わせて、寸分の狂いがないように設計して精巧なからくりを作り上げるのだから。手先が器用な鶴巳が昔、兄を助けるために牢の鍵を開けていた。一介の使用人である鶴巳に合鍵など渡されない。
「できやすが、ここには道具がありやせん」
道具。野江は鍵開けにどのような道具が必要なのか分からない。鶴巳は下働きとして働きながら、兄様のために鍵を開けていた。ならば、さほど入手困難な物は必要ないはずだ。だが、野江は何が必要なのか分からない。
「道具って……」
野江の言葉を遮るように、異邦人アグノが言った。
「道具ならあります。先ほど、男に治療道具が必要だと言った時に、一緒に頼みました。彼らにとっては、何が治療道具なのか分からなかったはずです」
アグノは木箱を開いて鶴巳に見せた。
「私も雪の国では諸事情より鍵開けを得意としていましたが、火の国と雪の国では鍵の形がことなりますので。これで使えるようでしたら、お使いください」
鶴巳は飛びつくように木箱を見て、小さく微笑んだ。
「道具はありやす。野江、鍵をあけやす」
鶴巳は格子に飛びつき、鉄の鍵を手にとった。強引に格子の間に首をねじ込み、手をねじ込み、小さな金具を鍵穴に入れこんだ。
野江はゆっくりと体を起こして、痺れる右手の存在を左手で確認しながら鶴巳の様子を見ていた。体を起こしたときの眩暈は止まらない。世界は揺れて、今にも崩れ落ちそうになっている。それでも野江は必死に体を起こしていた。
「無理をされるな」
それは鶴巳の声でない。鶴巳は今でも集中して鍵開けに挑戦しているのだから。ならば、その声は……。
それはアグノの声であった。アグノは足を引きずりながら、それでも野江の横に座った。鶴巳の鍵開けには少し時間がかかりそうであった。
「アグノ、あなた足は大丈夫なの?」
野江はアグノに尋ねた。アグノは大きな熊のような姿で、おおらかに微笑んだ。
「問題ありません。この体、数々の実験に耐えてきた体。多少のことは問題ありません」
アグノの言葉には理解できないことがある。
「実験体とは、どういう意味なのですか?」
野江はアグノに尋ねた。アグノは何と言えない笑みを浮かべた。
「雪の国という国をご存じですか?雪と氷に覆われた、北の大国です」
火の国は鎖国をしている。そのため、陽緋野江であっても異国に足を運んだことはない。異国に最も詳しいのは佐久で、佐久が異国のことを野江たちに教えてくれていた。佐久は書物を紐解き異国の資料を出していたようであったが、最近、野江はそれが違うように思えていた。佐久の知識はあまりに深く、書物だけで得られるものとは思えなかったのだ。