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一色  作者: 相原ミヤ
火の国の夏に降る雪
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緋色の脱獄者(1)


 野江の右手は痺れていた。痺れていて、感覚がないから、左手で右手の場所を探して触れると、確かな手触りに野江は安心した。まるで、手を失ったかのような感覚。しかし、痺れているという感覚があるのだから、間違いなく右手はそこにある。あるのに、失ったかのような異質な感覚。

 野江はここから脱出する。野江の希望でなく、強い意志だ。野江は赤の術士であり、その頂点にたつ陽緋だから。

「脱出するとして、どのようにするのでございやすか?」

ふと、鶴巳の声が響いた。鶴巳の言いたいことは分かる。ここは自然で作られた洞窟の牢だ。鍵はなく、石もない。紅の石があれば、鍵なんて容易く破壊することが出来る。しかし、ここに紅の石はなく、手負いの人間がいるだけだ。


 だが、ここには鶴巳がいる。


「鶴巳、あなた兄様が大兄様たちの怒りをかって牢に入れられているとき、勝手に牢の鍵を開けて忍び込んで兄様の手当てをしたり、食べ物を届けたりしていたわよね」

野江は昔を思い出して鶴巳に言った。野江と年の近い五番目の兄は、他の兄から邪見にされていた。野江が座敷牢のようなところに閉じ込められていることも、幼くして嫁に出されようとしていることも、野江には分からない家の商売方針に対しても、五番目の兄は上の兄たちと意見が合わなかった。そもそも、意見など求められていなかったのだ。反対する五番目の兄は疎まれ、厳しく折檻されて、牢に閉じ込められていた。そのような兄の惨状を野江は知らなかったのだから、当時の野江は何も知らない甘えてばかりの子供でしかなかった。いつでも兄は、野江の前で笑っていてくれたのだから。そんな兄になついていた鶴巳は、兄のために危険を冒して牢を明けて食料を届けたり手当てをしに行ったりしていた。そんなこと、今なら分かる。

「野江、それは……」

鶴巳は言葉を濁した。鶴巳も兄と同じだ。今になっても、野江を辛い現実から遠ざけようとしている。野江と血を分けた家族は、とても裕福だが心が貧しい人達ばかりだった。そんなこと、すでに知っている。

「鶴巳、あたくしは知っているの。大兄様がたちが、とても残忍な方法で商売を大きくして、家を大きくしていたことを。父様の一言で、多くの人が涙を流していたことを。鶴巳、あたくしは何も知らない子供じゃないのよ。あの部屋に閉じ込められて、何も知らずに生きてきたころと違うのよ。大兄様が兄様を嫌い、とても辛く厳しい方法で接していたことを知っているのよ。その時は知らなくても、今となっては分かるの」

野江は陽緋として多くの死線を潜り抜けてきた。陽緋としての一番の役目は、術士を率いて紅を守るために戦うことなのだから。戦いの中で野江は気づいたのだ。自らの生家がどのような家なのか。自らの生家が、家族がどれほど多くの人を不幸にしてきたのか知っているのだ。

「鶴巳、あなたは鍵開けが出来るわね」

鶴巳は稀代のからくり師だ。

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