白の家族(13)
確かなこと。それは、浅間五郎が影の国の術士と戦ったということだ。どんな方法で戦ったのかは分からない。しかし、浅間五郎は打ち勝った。影の国、いや――庵原太作に打ち勝ったのだ。だから、火の国は滅びていない。
二十年前。
それは、はるか昔のようで、生きてきたものにとっては長い年月でないのだろう。
ソルトは願った。どうか、浅間五郎が守った家族が幸せな人生を歩んでいるように。
「ここにおりなさい」
吉枝が言った。これからどうするのか、分からないソルトに、吉枝は教えてくれた。
「おれる限り、ここにおったらいい」
吉枝があまりに温かいから、ソルトは甘えてしまうのだ。求めている言葉をくれるから、温かさで包んでくれるから、受け止めてくれるから、ソルトは甘えてしまうのだ。
――火の国は、こんなにも温かい。
ソルトは考えた。今、自分が何をするべきなのか、今、自分がどのように行動するべきなのか、何が最善なのか、ソルトは考えた。
敵は影の国であることに間違いない。影の国の狙いがソルトであるならば、火の国の色神に手を出してはこないだろう。だが、もし赤の色神紅が影の国の存在「庵原太作」たどり着いたのなら。ソルトは紅のことを知らない。紅のことを知らないが、冬彦が紅に寄せる信頼。火の国の民の温かさ。その様子が紅の人柄を教えてくれる。
「紅はどう動くの?」
ソルトは思わず口にした。紅を巻き込みたくない、その願いは真実だ。
「紅はどう……」
紅はどう動くのか。ここは火の国。影の国を自由にさせたくない。
「紅はさ、何も気にしたりしないさ。それが、俺が信じた紅なんだ。とても豪快に、とても強く、とても繊細に、とても鮮やかに、とても美しく」
冬彦の中で紅の存在が、どれほど大きく居座っているのか、想像するに容易い。その隙間にソルトが入るには、一ミリの隙間もない。それが辛く寂しく辛い。
「なあ、ソルト」
冬彦がゆっくりと口を開いた。
「どうしたの?冬彦」
ソルトが問い返すと、冬彦は不敵に笑って言った。
「なあ、官府へ行ってみないか?」
冬彦の申し出はあまりに唐突で、ソルトは戸惑うしかできなかった。そんなソルトに冬彦は続けた。
「俺はさ、もともと逃げるだけじゃ納得できない性分なんだよ。ソルトの命を狙っているのは雪の国に依頼を受けた影の国の術士だろ。その影の国に二十年前、紅の暗殺を依頼したのが官府だ。紅の命を狙うのが、官府以外にはありえないからな。だから、官府は影の国と通じているんだろ。庵原太作なんて名を伏せるほどだ。官府は知っているんだ。俺たちが名前しか知らないことを、官府は知っているんだ。だから……」
火の国の官府は、火の国において赤の色神と同等の権力を持つ。そんなこと、雪の国の色神であるソルトも知っている。