赤い夜の戦い(6)
目を閉じれば、世界は暗くなる。なのに、赤い光だけは消えない。鮮烈な赤い光は、目を閉じたところで消えることは無い。赤は最も高貴で、最も強い色。命の息吹も赤。火の国では、赤い色を失えば命は存在しないとされている。だから、生き物の血は赤い。赤い魚は神の使い。炎は神の力。人々の生活は赤に守られ、赤に作られる。赤は高貴な色。今、悠真の目の前は赤い色で覆われている。
――小猿、わわらに染まれ!
赤く響くその声で悠真は現実に引き戻された。悠真の前に義藤が立ちはだかり、紅が今日くれた予備の紅の石で悠真を守っている。しかし、悠真は色の違いにすぐに気づいた。義藤が放つ一色と予備の紅の石が放つ赤色が異なる。色が異なるから、紅の石が悲鳴をあげていた。歪が大きくなり軋轢となる。赤が悠真の肩を揺すった。
――小猿、わらわに染まれ!
赤の細く強い手が悠真の肩を掴んでいた。爪が肩の肉に食い込むほど、赤の力は強かった。
――小猿!
赤が悲痛な叫びを上げたとき、赤手が何かの強い力で跳ね返された。悠真は何が起こったのか分からなかった。義藤の予備の紅の石は限界が近い。義藤の強大な力に叶わず、紅の石が悲鳴をあげているのだ。加工の重要性を悠真はようやく理解した。加工とは、紅の石を強めることにもなるのだ。何かの力で跳ね返された赤は、瓦礫だらけの床に倒れた。赤は半身を起こして、叫び続けた。
――ふざけておるのか!一時的で良い。小猿を我が色に染めろ!
取り乱した赤が再び悠真の肩を掴んだが、何かの力で再び跳ね返された。赤は叫んだ。
――そちは、小猿のために義藤を殺すつもりか!
赤が誰に何を言っているのか、悠真は分からなかった。
――小猿を守るために、我が紅を守る力を殺すつもりか!義藤をこの場で死なせるつもりか!
赤は揺らりと立ち上がった。
――そちは、義藤のことをしっておるのか!そちは、わが紅のことを知っておるのか!
赤の姿は恐ろしいほどの影を持っていた。赤色の全ての力が放たれていた。
――そちは、そちの小猿のために、わらわの愛しい紅を危険にさらし、義藤を死なせるつもりか!義藤を、小猿を守るための盾とするつもりか!そもそも、小猿がここに来たのはそちに責がある。そちの小猿を守るために、なぜ義藤が死なねばならぬ!黙っておらずに何とか言ったらどうじゃ!
あまりの剣幕に悠真は圧倒された。赤は一体、誰に叫んでいるのだろうか。
――何か言うたらどうじゃ!小猿のために、義藤を殺すのか!
赤は悲痛に叫び、赤は涙を浮かべていた。そして、力尽きたかのように両手を床に着いた。
――よもや、そちが義藤を見殺すとは思わなんだ。そちが小猿を愛しく思うように、わらわも紅が愛しい。そちの身勝手な心のために、義藤が死ぬのか!
そして赤はけらけらと笑い始めた。
――そうか、そちは紅が死なぬから良いと思うておるのじゃな。死ぬのは、わらわが器にしておる色神でなく、ただの術士の義藤だから良いと思うておるのじゃな。そちは、なにも知らぬ!そちは何も知らぬ!忠義の名を持つ者の正体を何も知らぬ!だから、義藤を殺すのだ!
赤は狂ったように笑いながら、涙を浮かべていた。
――そちがそうするならば、わらわは小猿に手を貸さぬ。二度と、小猿に手を貸さぬ。好きにしろ。好きにしろ!
赤はゆらりと立ち上がり、色の合わぬ紅の石と使い悠真を守る義藤に歩み寄った。優雅に着物を引きずりながら、散らかった床の上を歩くとそっと義藤の背中に手を当てた。
――すまぬ、義藤。本当にすまぬ。
そして、頬を義藤の背中に当てた。
――義藤、大きくなったな。わらわは、そちの両親の代わりに見ておった。わらわにとって、そちは愛しい息子じゃ。ここで義藤を守れねば、わらわはそちの両親に顔を合わせられぬ。そちの父に何と申せばよいのじゃ?そちの母に何と謝れば良いのじゃ?義藤、すまぬ。義藤、すまぬ。力及ばぬわらわを許してくれ。小猿に興味を持ったわらわを許してくれ。必ず、紅はわらわが守る。二度と、醜き人間に紅を殺させたりせぬ。わらわが守ってみせる。
そして紅は義藤から離れた。
――わらわに、そちを救う力は無い。わらわは紅を守って来る。それだけは、信じてくれ。
何度も、何度も赤は義藤に謝罪していた。その声は義藤に届かないというのに、謝り続けていた。その叫びは人間の母のようであった。
赤はゆらりと歩くと、ひたと悠真を見た。その目は悠真を通り過ぎた何かを見ていた。
――また、わらわを愚かな女じゃと思うておるのじゃな。わらわは愛しい者を守るのじゃ。人間とかかわり過ぎて、また傷つくのも己の宿命。それで良いのじゃ。あの時より、昔よりわらわは何も後悔しておらぬ。それで己が傷つこうと、何も後悔したことはあらぬ。せいぜい、小猿を守ってみるのじゃな。小猿を狙うはわらわだけにあらぬ。腹黒娘の黒も、利己的な男の白も、皆狙ってくるぞ。そち一人で守ってみるのじゃな。わらわが力を貸すと思うでないぞ。
その赤い目は無感情で、全てを諦めているようであった。すっと赤は姿を消した。
悠真は叫ぶ赤の姿に何も出来なかった。優雅で、高圧的な赤が悲痛に叫ぶの意外で、信じられなかった。高圧的な赤が愛に満ちているように思えるのだ。
次話より少し血生臭くなります。苦手な方はご注意ください。