白の家族(11)
アグノは医師としての知識も持ち、医学院で研究するエリートだ。エリートだった。アグノは博士の中で優秀だった。それは、実験体として堕ちる前のアグノの立場で分かる。
「凄い人よ。私のために、その立場も何もかも捨てたの。私は、アグノに助けられているの。アグノは、私がどんなに当り散らしても、包み込んでくれるの」
アグノのことを思った。今、無事なのか。それだけが気になった。もし、この場を生き残ることが出来ても、アグノが不在ではソルトは雪の国に帰ることが出来ない。あの広くて白くて冷たい雪の国の城で、ソルトが信頼できるのはアグノだけなのだから。アグノがいなければ、ソルトは何も出来ないのだ。
――アグノ
ソルトは思った。アグノは今、無事なのだろうか。ソルトは冬彦らに助けられている。アグノは無事なのだろうか。
「アグノは無事だ。信じろよ」
冬彦が唐突に口にした。まるで、ソルトの不安なんて見透かしているようであった・
「その、アグノという人はソルトの父親みたいな人なんだね」
吉枝は言った。
「無償の愛で守ってくれる。それは父でしかない」
――父
その言葉は、ソルトにとって異質だった。ソルトに父がいる。それがアグノなのだ。
「アグノ」
ソルトはアグノを思った。まだ、諦めたくない。ソルトは白の色神だ。白の色神として、戦い続けたいのだ。
「さて、これからどうしようかな」
冬彦は言った。すべての判断はソルトに任されている。吉枝に助けを求めたのも、ソルトを救うためだ。ソルトの命を救うために吉枝に助けを求めた。現にソルトは救われたのだ。吉枝の温かさに触れ、家族を知った。二十年前に家族を失った吉枝を救ったのは、二十年前に命を落とした浅間五郎だった。
「ソルト、今更だがソルトの命を狙う者に心当たりはあるのか?雪の国、なんて漠然としたものじゃなくて、誰だとか……」
冬彦の言いたいことは分かる。誰が敵なのか分かれば、対応策が立てやすい。人には人の動きがあるのだから。
しかし……
敵に正体は無い。
「分からないの」
ソルトの答えに理解できない冬彦は答えた。
「分からない?雪の国の幹部の誰かだろう?」
ソルトは頷いた。雪の国の中枢の全員を知っているわけでない。しかし、ソルトの知る限り犯人は思い浮かばない。
「私は白の色神よ」
当然のことをソルトが言うと、冬彦は困惑していた。
「ああ、それは知っている」
「冬彦、あなたは知らないの。色神はね、一色を見ることに長けているのよ」
ソルトの言いたいことに冬彦は気づかない。だからソルトは続けた。
「一色はね、意図をもって変えることが出来ないの。そして、同じ色を持っている者はいない。私は、敵の一色を見たけれど、敵の一色を見たのは初めてよ。私を狙ったのは雪の国であることに変わりないわ。けれども、私は敵の一色を知らない。――どういうことか、分かる?雪の国はね、報酬を支払って私の殺害を依頼したのよ。他国にね」
敵は雪の国。しかし、雪の国にソルトを殺す力はない。戦いに適した者がいたとして、神殺しを望んでする者がいようか。白の色神の生み出す、白の石の力を思えばそもそも神殺しなんて恐ろしくて出来ない。