白の家族(10)
――葉乃
葉乃。葉乃。葉乃。
ソルトはその名に聞き覚えがあった。火の国の名前の響きは、雪の国の民であるソルトにとって聞きなれない響きだ。なのに、その響きに聞き覚えがある。
――葉乃。
そうだ、とソルトは思い出した。
柴を救った薬師の名は「葉乃」だった。
盗み聞きをしたのだから間違いない。同じことを冬彦も思ったらしい。冬彦も目を見開いていた。
生きている。呪われた子は、薬師として生きている。ということは、吉枝の夫も無事なはずだ。そうでなければ、葉乃の生活が成り立たない。吉枝の孤独に満ちた目が辛い。決して、吉枝は一人でないのだ。火の国の家が血脈で成り立っているのなら、御薗家はまだ滅びていない。御薗家の血を引いた者が未だ生きている。死んだとされた呪われた子は、未だに生きている。
「葉乃は生きているわ」
ソルトは言った。吉枝の目がみるみる見開かれていく。その目からは、驚愕とも、感嘆とも、何ともいえない感情が現れていた。それだけ、吉枝の中に葉乃は息づいているのだ。森の中で隠れるようにして生きていた薬師葉乃にとって、必要とされることは大きなことだと思えるからだ。ソルトも、実験体として生きていたころ、同じようなことを思っていたのだから。
「私は森の中で会ったの。葉乃という薬師に。冬彦も会っているから、間違いないわ」
ソルトが言うと、吉枝は皺のある手で顔を覆った。
「そうかい、だったら、あの人も生きているんだね。源三様も生きているんだね」
吉枝の夫は生きている。それは間違いないことだった。夫を「様」とつけて呼ぶ。吉枝が年老いているからなのか、火の国がそのような国なのか、不思議な感覚がした。普段、アグノに好き勝手言っているソルトからしたら信じられないことだった。家を男性が継ぐという国での女性は、このようなものなのかもしれない。ソルトが見た女性は術士が多い。陽緋野江は、男に引けを取らない。火の国は一時の滞在で内実まで知り尽くすには、深すぎる国であった。
「その話を聞かせてもらっただけで、出会えたことに感謝するよ」
吉枝の声は震えていた。吉枝の声がソルトの胸に迫る。だからソルトは言った。
「会ってください。家族に。私にも家族はいません。でも、これほどまでに温かいものだと教えてくれた。――葉乃は呪われてなんていません。ただ、生まれつき身体が人と違うだけ。医療の発達した雪の国では、あのような人を呪われているとは言いません。私が保証します。私には、医療の知識はありませんが、アグノなら分かるはずです。アグノなら、分かるはずです」
へえ、と冬彦が言った。
「アグノって凄い人なんだな」
アグノは医学院の博士だった。