白の家族(6)
ソルトの目に焼き付いた雪の国の景色。一面、白で覆われた冷たく凍てつく世界。生き物が死に絶えたような、極寒の世界。それが、美しいほど白い。
「ごめんなさい。巻き込んでしまって」
ソルトが色白の小さな手を吉枝に差し出すと、吉枝はソルトの手を、皺だらけの手で強く握った。
「――もう、乗りかかった船だよ。この、死にかけの婆に、これほどの活力をくれたのは二人だから。その着物に袖を通すものはいないと思っていたのに、そうやって冬彦が着てくれたから」
吉枝は目に涙を浮かべていた。苦労の後の見える皺の多い顔。その中に見えるのは、強い意志だ。
「私は、雪の国から来ました。雪の国、ご存じですか?」
吉枝が頷くのを見て、ソルトは続けた。
「火の国は鎖国をしているから、詳しくはご存じないと思います。雪の国は、極寒の国。夏は短く、冬は雪と氷で覆われます。作り物のように美しく、冷たい。それが、雪の国です。――雪の国には、白がいます。火の国に赤がいるように、雪の国は白で守られています。雪の国がもつ白の石は神の力を持ちます。一つにつき、一度だけいかなる傷や病も癒すことが出来る石。人にとって、命より大切なものはありません。ですから、白の石はとても高価で、とても貴重な石です。様々な国の重役や色神が白の石を求めます」
ソルトは言うと、白の石を取り出した。今もソルトは毎日一つ、白の石を生み出している。その中の一つに過ぎない。白の石を畳の上に置く。コロリと転がる白の石は、緑色の畳の上で転がっていく。
「これが白の石です。そして、私は白の色神ソルトです」
吉枝の目が見開き、そして何事もなかったかのように微笑んだ。
「この小さな石が一人の命を救います。この小さな石がです。私は白の色神ソルト。でも、雪の国に見捨てられました。私の命を狙っているのは雪の国に間違いありません。私は、雪の国の制度の改革をし、それに腹を立てた者が私の命を狙ったのでしょう。この白の石を使ってください。術士でなければ、使うことが出来ませんが、この石を売れば高い値がつくでしょう。この石の売却は簡単です。紅城に駆け込んでください。赤の色神紅ならば、その石の価値が分かるでしょう。きっと、良いように計らってくれるはずです。それだけのことを、してくださいました」
ソルトはこれ以上吉枝を巻き込みたくなかった。すると、吉枝は身を乗り出し、ソルトの頬を叩いた。突然のことにソルトは何が起こったのか分からなかったし、痛みよりも先に衝撃が来た。その後、吉枝は泣きはじめ、ソルトを抱きしめてくれた。
「私はね、思うんだよ。冬彦のお姫様が色神であろうと、なかろうと、何も変わらない。私にとっちゃ、白の石は遠い存在。その石の価値なんて語られても分からない。でも、ここにいる、小さな女の子が愛おしいと思うのは本当だよ。私は、はるか昔に家族を失った身。今じゃ没落した家で一人で生きる身。死んだ息子の影を追って、それでも生きている。この年老いた婆は、こうやってわが子のようにかわいらしい子供に出会えた。こんな嬉しいことあるかい」
吉枝の手の力は強い。その力の強さの分だけ、自らが思われていると感じた。