白の家族(3)
どれほどの時間、そうして過ごしていただろうか。ソルトの身体の震えは落ち着き、手足に温もりが戻ってきた。ここにアグノはいない。なのに、安心できるのは冬彦がいるからだ。強がっているわけではない。命を狙われるという状況は、強がりなソルトの心を折るほどの出来事だったのだから。
襖を開く音。その音と共に、膳を持った吉枝が姿を見せた。
「*************」
吉枝の言葉が分からない。当然かもしれない。ソルトは今、紫の石を使っていない。紫の石は冬彦が使っているのだ。
「************」
吉枝は何かを言った。吉枝の持つ膳に乗せられた二つの椀。そして、色鮮やかな野菜があった。これが漬物だということをソルトは学んでいた。
「************」
吉枝は言うと、スプーンを出してくれた。これは匙と言う。吉枝はソルトのたちのために、これを作ってくれていたのだ。ソルトには家族がいない。家族と呼べるのは、アグノぐらいだ。アグノは男だからか、料理がうまくない。このような、鼻をくすぐるような匂いのする料理を作ってくれることはなかった。雪の国のシェフが作る料理は、美味しいが、どこか物悲しい。
冬彦が手を貸してくれて、ソルトは布団の上に体を起こした。冬彦からは石鹸の良い匂いがして、ソルトは目を細めた。新しい着物は、丁寧に虫干しがされていたのか、埃臭さやカビ臭さは感じられなかった。染みや汚れもない。それだけ、吉枝は命を落とした息子を愛していたのだ。
布団を折りたたんで背もたれにして、投げ出した足の上に冬彦は膳を乗せた。火鉢の中で炭が弾ける音が小さく響いている。暑いだろう冬彦や吉枝は、一言も暑さを口にしない。膳の上の粥からは、白い湯気が立ち上がっている。
「食べれるか?吉枝ばあちゃんが作ってくれた粥だ」
冬彦がソルトを覗き込み、微笑んだ。
「************」
吉枝が何かを言った。
「何言ってんだよ。旨そうな匂いがしているぞ。俺はソルトの国の料理を知らないが、ばあちゃんが作ってくれた料理は旨いよ。ああやって、貧しいものに与えてる料理を、俺は食ったことがあるからな」
冬彦はけらけらと笑った。