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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の術士(2)

 陽緋は十人の術士を連れていた。そのうち九人が村人の誘導と救援、そして現場の確認に残り、一人が陽緋に従った。悠真は陽緋に連れられ、田舎では決してお目にかかれない、からくりを見た。術士が使うからくりは、普通の物と異なり、紅の石の力を動力にして動くのだ。陽緋は最も優れた術士。だから、陽緋が使用するからくりはとても強大なものだ。陽緋に連れられた悠真が見たのは、木造の船だった。大きさは中船ほどだが、船の側壁に翼のようなでっぱりがある。その船は土砂が崩れた山の上にあった。陽緋が持っていること、そして山の上に船があることから、それが希少なからくりであることが分かった。

「この、空挺丸で紅城まで行くわ。お乗りなさい」

陽緋は身軽な動作で船に乗り、悠真は空挺丸から落とされた縄にしがみつきながら必死によじ登った。

 陸に打ち上げられた船には、中央に小さな木箱が置かれていた。悠真は甲板の隅に腰掛けた。陽緋は首にかけた紅の石を木箱の中に入れて蓋を閉じた。

「つかまっていなさい」

陽緋が言い、悠真は船にかけられた麻縄をつかんだ。直後、陽緋の紅の石は赤の光を放ち始めた。赤い色に呼応するように、共鳴するように船が振動を起こし始め、次第に赤の光は強まり、ゆっくりと、確実に宙に浮き始めた。

「浮いている……」

悠真は絶句した。紅城にはからくりを作る職人がいるという。紅の石の力を引き出し、紅の石の強大な力を制御する。有効に使う。陽緋の紅の石の強大な力を、からくりが制御し、宙に浮いているのだ。

「すぐに着くわ」

田舎者の悠真が空飛ぶからくりに驚くのを見て喜ぶように微笑んで、陽緋は言った。

 火の国で空を飛ぶことは不可能だとされていた。それを可能にしたのが、強い力を持った陽緋と稀代のからくり師だ。悠真のような田舎者でも知っている。現在の陽緋が歴代最強と呼ばれる力を持っていることを。惣次も言っていたから間違いない。歴代最強という呼び方は、彼女の存在を厳ついものに変える。現に悠真も、現在の陽緋は、厳つく渋い中年の男だと思っていた。しかし、目の前にいるのは、長い髪の美しい女性。色白で細い手足は、華奢な印象を与える。悠真が瞬く間に地に伏されたことから、彼女が優れた武術の使い手であることは明らかだが、見た目からは想像できない。現に、風を切って進むからくり空挺丸を操作する彼女が、赤い羽織を脱いで、朱塗りの刀を置けば普通の女性。火の国では紅の石を使えるだけで、運命は変わる。紅の石が使えれば、必然的に将来は術士と決められる。悠真が憧れた特別な存在「術士」だ。

 昨日までの雨が嘘のように空は晴れ渡り、眼下に広がるのは緑の山々と小さな村。そして田植えの始まった田。野菜を植えている畑。小川には水車が回り粉を引く。牛や馬に荷物を乗せた行商人が小道を歩く。漁村で育った悠真が知らない世界だ。

「あなた、名前は?」

陽緋が悠真に尋ねた。

「悠真」

答えると、陽緋はふわりと微笑んだ。

「悠真ね……。あたくしは野江よ。そもそも、あたくしの名を呼ぶ人など少ないのだけれど」

言われて悠真は思った。陽緋とは、称号である。彼女の名でない。それと同時に、惣次の言葉を思い出した。

――野江に勝つほどの力か……

惣次は知っていたのだ。陽緋の名が「野江」であることを、そして陽緋がここに足を運んでいることを。下緋は術士の中で最下の存在。その惣次が、陽緋の名を知り、陽緋が足を運んでいることに気づいていた。悠真は惣次という存在が分からなくなり始めていた。

「ねえ、野江」

悠真は惣次について尋ねようと野江の名を口にすると、陽緋野江に従う術士が刀の柄をつかんだ。その術士の刀は黒色だ。野江のような美しい朱塗りの刀ではない。

「陽緋様の名を気安く口にするな」

苛立つ術士を陽緋が制した。

「気にしないで。悠真は術士でないのだから。けれども、お気をつけなさい。紅城に住まう者の中には、頭の固い輩も多いから」

野江は風を含む髪を押さえながら言った。野江は気安いけれど、高貴な人だ。風になびく黒い髪も、権威を象徴する赤い羽織も、全てが野江を美しく見せている。

「どうして、俺を連れて行ってくれるんだ?」

悠真は野江に尋ねた。野江は悠真に対して、とても親切にしてくれる。

「あの村の下緋に、惣次といたでしょう。彼はあの村を、そして悠真にとても感謝していたからよ。でも、覚えていなさい。復讐に走ると身を滅ぼすわ。紅城に着いたら、大人しくしていなさい。それが、悠真の身を守るころになるから」

陽緋のその言葉が、悠真の胸に残った。野江の口から惣次の名が出る。確かに惣次は術士として野江の知る人であるのだ。悠真の故郷を愛してくれた惣次は、陽緋の知る存在なのだ。それがとても誇らしく思えた。

 空挺丸は、風を切りながら空を飛んだ。

 数時間飛び続け、開けた場所へと出てきた。そこは、家々が立ち並び大きな道は馬や人が往来していた。悠真は自分が田舎者と呼ばれる理由が分かったような気がした。想像していたよりも、市街はずっと都会だった。大きな建物も整備された道も、行き交う人々の活気も、悠真の故郷と異なる。ここが同じ火の国なのかと、悠真は思わず息を呑んだ。

「あれが紅城よ」

陽緋が指差した先には、赤い瓦と朱塗りの柱が美しい城が見えた。名の通り「紅城」である。火の国を守る赤い色を司る色神紅。紅が住まう城だから、赤い色が許されている。しかしそれは、悠真が想像していたよりもずっと荘厳で、悠真が想像していたよりもずっと赤が輝いていた。

 野江が操る空挺丸は、紅城の庭の一角に降り立った。紅城は高い朱塗りの塀に囲まれ、降り立った庭には白い砂利が敷き詰められていた。目の前に迫る城は大きく、幾重にも重なる屋根が印象的だった。空挺丸が舞い降りると、人が走りよってきた。

「陽緋様、御任務お疲れ様でした」

走りよってきた数人の人は、地に膝をついて深々と頭を下げた。野江よりもずっと年齢の上の者たちが、深々と野江に頭を下げるのだ。当然ながら野江は陽緋。悠真たちが否応なく尊敬する術士の頂点に立つ存在。気安く話しかけることができる存在ではない。

「こちらの変わりは?」

野江が尋ねると、先頭に膝を折った者が答えた。

「大事ありません。紅様がお呼びです。一刻も早く来るように、とのことです」

野江は空挺丸から飛び降りた。赤い羽織がひらりと風に舞う。音もなく美しく着地した野江は、空挺丸に残る悠真を見上げて微笑み、すぐに視線を膝を折る者に戻した。

「分かったわ。すぐに参りましょう。――空挺丸の整備と、悠真のことをお願いするわ」

すると、先頭に膝を折った者が言った。

「それが……紅様よりのご伝言では、陽緋様が拾ってきた小猿も一緒に連れて来るように、とのことです」

野江は苦笑した。

「何でもお見通しなのだから。悠真、一緒にいらっしゃい」

悠真は野江に言われるがまま、空挺丸から飛び降りた。紅城の地に足をつけると、体に赤が染みこんでいくように思えた。確かにここは、赤の色神のいる場所だ。何よりも赤が輝いている。悠真はそう思った。


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