白の家族(1)
ソルトは温かい布団に包まれていた。火鉢で炭がはじける音がする。ソルトは、その音に耳を澄ませていた。
火の国は雪の国より温かい。冬彦の話では、今は夏に近づく時分、気温はかなり高い。それでもソルトの体は氷のように冷え切っていた。濡れた着物は着替えた。それでも、寒い。
体の芯が冷えていた。
冷たい水の中にいるようだった。
――寒い。
――寒い。
――寒い。
ソルトは布団を抱き合わせた。この温もりを逃がさないように、凍えないように、ソルトは寒さに身を震わせた。
「寒いのかい?」
吉枝がソルトに尋ねた。吉枝がソルトの頬に触れる。吉枝の手はとても熱い。吉枝が熱いのではない。ソルトが冷たいのだ。
「冷たいね」
ソルトは寒さに震えていた。なぜ、寒いのか。そんなこと、分かっている。ソルトは一人なのだ。いつも包んでくれていたアグノがいない。
「吉枝ばあちゃん、入るぞ」
冬彦の凛とした声が響いた。障子の開く音。裸足の足が畳をする音。衣擦れの音。ソルトは耳を傾けていた。音に集中すると、冬彦の息遣いが聞こえるようであった。
ソルトの身体は生きるに支障が生じるものだ。幼い日々の実験体としての経験が、ソルトの身体を蝕んでいるのだ。しかし、冬彦の動く音ならば聞こえる。
「見違えたじゃないかい。冬彦」
吉枝の感嘆の声も聞こえる。ソルトは寒さに震えながら、冬彦に目を向けた。そこにいるのは、冬彦であり、冬彦でないようであった。馬子にも衣装というが、着物が変わるだけで、これほどまでに印象が変わるものであろうか。今の冬彦には、洗練された空気感があった。
「着慣れねえな。吉枝ばあちゃんの息子の服か?」
冬彦はソルトと同じ子供だ。着物大きさが大人と違うのは当然。ならば、吉枝の息子か孫と考えるのが当然の流れだ。
「私は子供に恵まれなくてね。ようやく生まれた息子は一人きり。一歳で命を落としたよ。でも、生まれた時に義母は喜び、いずれ成長する子供のためにと成長にそった幾枚もの着物を仕立ててくれてね、それは命を落とした息子が十四の時に着るはずだった着物じゃよ。家が没落しても、息子が着るはずだった着物だけは、売ることが出来なかった」
冬彦は声を荒げた。
「吉枝ばあちゃん!」
冬彦が言いたいことは分かる。ソルトは命の重さを知っている。愛する者を失った、残された者の悲しみの深さを知っている。吉枝の悲しみが、ソルトの身にひしひしと伝わってくる。大人になれなかった息子が着るはずだった着物を、吉枝は惜しげもなく出したのだ。
「良いんだよ、冬彦。息子はもう、生き返らないんだからね」
吉枝は言うと、ぴしゃりと畳を叩いた。
「お座り、冬彦。私は、冬彦のことを気に入っているんだよ。このまま年老いて一人で死ぬのなら、この命も、私の存在も、利用しておくれ。今は、冬彦のお姫様のことを考えるんじゃ」
吉枝の言葉は強いが、温かかった。年老いた女が放つ力。年老いた女が持つ色。その色がソルトを励ました。
「冬彦のお姫様は冬彦が守る。そうじゃろ?」
冬彦がそっと吉枝の横に膝を折った。立派な着物を纏うと、冬彦にも品格が漂うから不思議だ。